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足音が遠ざかる間、妙は薄暗い部屋の中で動けずにいた。
次に意識したのは花火の音。
自然と落ちていた目線を上げ、隣の部屋を見やった。
花火は変わらず上がっている。
微かな戸惑いを抱えたまま、妙は隣の和室へと足を向けた。
町の灯りが射し込み、うっすらと部屋の様子が分かる。
無造作に畳まれた布団を踏まぬように避け、開けた窓の前に腰を下ろした。
ささやかな風が妙の頬を撫でる。
夜空に咲いた花火が妙の瞳を染める。
花火は綺麗だ。
だがそれは遠くから眺めているからで、近くにあれば危険なもの。
近付きすぎればその熱さで痛みを負ってしまう。
それならば、眺めているだけでいいと妙は思った。
綺麗なそれをただ眺めて、その美しさに心を和ませるだけでいいと。




「窓開けてると涼しいな」

またぼんやりしていたらしい。いつのまにか風呂から上がった銀時が戻ってきていた。一応衣服を身につけているが、かなりだらしなく着崩されている。風呂上りで暑いのだろう。そんな姿なんて何度も見たことがあるのに、妙はさりげなく目線をずらした。

「もう終わったのか」
「え?」
「花火」
「あ、いえ。今は、休憩時間だと思います。時間をかけて色々な種類の花火をやるらしいので」
「あっそ。まあ、酒のつまみになんなら何でもいいけど」
「ふふ。銀さんは花火よりお酒ですね」
「お前はお茶の方がいいんだろ」
「はい。ありがとうございます」

銀時が持ってきたお盆の上に湯呑みが二つあった。銀時がその一つを手に取る。残りの一つが妙の分なのだろう。客に茶くらいは出すという言葉を守っているらしい。
元々銀時は周りに対してそれなりに気を使う男なのだ。粗雑な態度を見せながらも、ちゃんと気を配ってくれる。そういう人。

「そういや風呂場の掃除してくれたんだよな」
「あ、色々と勝手にしちゃってすみません」
「あーいい、いい。逆に毎日お願いしてえくらいだわ」
「それはご遠慮致します」

くすくすと笑う妙の隣で銀時があぐらをかいた。ふわりと石鹸の香りがする。いつもの銀時の匂いなど知らないけれど、なぜか先ほどまでここに居た銀時の恋人を思い出した。彼女はこの香りを知っていたのだろうか。
と、ここまで考えて、妙は自分の思考を隅に追いやった。これは考えても意味のない、妙には関係のないことだから。

「お、また始まったな」

銀時の言葉につられ、妙も夜空に視線を戻した。先ほどとは違う趣向の花火が次々に咲いていく。
二人の間にほんとんど会話はなかった。時折独り言のような言葉を交わし、銀時が酒を口に運ぶ。多少気怠げではあるが銀時は普段通りだ。風呂に行く前に妙に告げたことなどなかったかのように。
妙には銀時が何を考えているのか分からない。何も言わない銀時に安堵しているのも事実だが、何も言ってはくれないことに心が落ち着かなかった。言われたとしても何も答えられないし、きっと何も分からないままなのに。

「なんか用?」

目が合ってから初めて、妙は自分が銀時を見つめていることに気づいた。
微かに目を見開き息を飲んだ妙を見て、酒に濡れた薄い唇の端が少しだけ上がる。

「やっぱ酒が呑みたいって?」
「い、いえ」
「まあ、お前は酒よりこれだろ」

そう言って銀時がお盆に手を伸ばす。そして何かを手に取ると、それを妙に差し出した。

「飴?」

ころりと手のひらにと乗せられたのは小さな包み紙。訳が分からず銀時の顔を見るも、「食べれば」と一言告げられただけ。無意識に盗み見していたことを指摘され、少なからず動揺していた妙は戸惑いつつも素直にそれを口に放り込んだ。口の中に広がるのは甘い味。なんてことはない、普通の飴だ。

「・・・飴ですね」
「なんだと思ったんだよ」

銀時の呆れた声に妙は笑って首を傾げる。一体自分は何を恐れているのだろうか。いつもと違う銀時に構えすぎているのかもしれない。こんな普通のことが意外に思えてしまった。

「一応風呂場の礼な」
「美味しいです。これ、どこの飴ですか」
「なんだっけ。確か貰いもん。それ噛んだらもっと美味いぞ」
「噛む?」
「そ。ガリって」

銀時が噛む真似をする。飴玉の中に何か入っているのだろうか。味が変わるのかもしれない。妙は銀時に視線を返しながら、口の中で転がしていた飴玉をガリッと噛み砕いた。中からじわりと溢れる甘い蜜。

「すっげー甘くて美味いだろ」

妙の眉間にしわが寄る。確かに美味しい。だが、銀時が度を超えた甘党だということを失念していた。

「美味しいけど・・・飲み込むと喉が焼けそうです」
「そこがいいんだろ。それくらいじゃねえと甘いもん食った気しねえわ」

飴の中には蜜が詰まっていて、これがとてつもなく甘いのだ。これくらいが銀時にとって適度な甘さなのかもしれないが、妙には甘すぎた。
部屋が暗いので気付かなかったが、包み紙にもしっかり甘い飴だと書いてある。飴自体が甘いのだから、これは元々そういう売りのお菓子なのだろう。

「喉が渇くならお茶飲んどいたら」

妙が手に取る前に銀時が湯呑に手を伸ばした。なんだかいつもより気が利いていて不思議な気持ちになる。

「なに?また変な顔してこっち見てんな」
「いえ。銀さんが親切だなと思って」
「銀さんはいつも親切ですー」

いつもの調子で差し出されたお茶を笑って受け取る。色々ありすぎて気にしすぎていたが銀時は変わらない。妙の知っている銀さんのままだ。何となく肩の力が抜け、妙は一気に湯呑を傾けた。

「・・・んっ!?」

慌てて口元を押さえる妙を見て、銀時が堪えきれないといった様子で噴き出す。

「銀さんっ、これ」
「あ、気付いた?さっきと同じだと飽きるかと思ってさー、酒混ぜてみた」
「やっぱり・・・!」

飲むまで全く気付かなかったのは、銀時が気付かせないように妙を上手く誘導していたからだろう。近くで嗅げば薄いアルコール臭がしたはずだ。しかし甘い飴のせいで喉が渇いていた妙はそんなことに気付く前に一気に飲み干してしまった。

「こうも思い通りに動くとはねえ。お妙さんちょろいわ」
「だって銀さんがお茶だって言うから・・・」
「こんだけうっすいとほとんどお茶だろ」
「それはお茶とは言いません!」

確かにほとんどがお茶で、仕事で口にしているお酒と比べるとほとんどアルコールは入っていない。しかしそういう問題ではない。

「こんなことして。そこまで私をからかいたいんですか」

悪ふざけが過ぎると、妙はぶつぶつ文句を言いながら湯呑をお盆に戻す。文句を言いつつも銀時の悪戯のおかげで緊張の糸が解けているのが自分でも分かった。アルコールを少しばかり摂取したことも大きいだろう。酔うほどの量ではないはずだが、いつもより気持ちが緩んでいた。
だから、隙ができたのかもしれない。

「そんなにお酒を呑みたいならお一人で、」

呑んで下さい、と。そう言って目の前の男を見据えるつもりだった。
だが、妙の視界は緩やかに世界を変えていく。

「学習しねえなあ」

目の前に居るのは銀時。それは変わらない。しかしなぜ自分は畳の上に倒され、手首を押さえ付けられ、銀時の顔を見上げているのだろうか。銀時はなぜ、あの目で自分を見ているのだろうか。

「だから言ったろ?酔っ払い男の口車には乗るなって」

花火の音はいつのまにか聴こえなくなっていた。



2016/04/07

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