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二日ほど眠り続けていた妙がようやく目を覚ました。なのにいくら声をかけてもいつもの反応がない。

「おーい。たえー。起きてるー?」

反応がないというよりも、妙はどこか戸惑っているようだった。
不思議そうな妙の表情に神威が小首を傾げる。

「もしかして、俺のこと忘れちゃった?」

まるで初めて神威を見たかのような態度。
妙の頭に巻いた包帯の下。傷は浅いがぶつけていたので、その衝撃で記憶が混乱しているのかもしれない。それとも血がたくさん流れたからだろうか。

「ま、いいや。先にこれ食べなよ」

部下の誰かが調達した地球人の食べ物を机の上に置く。米を柔らかく煮たものらしい。見た目はイマイチ。味はまあまあ。
上半身を起こし、それを眺めた妙は再び神威へと視線を戻した。

「あなたは・・・」
「あ、ほんとに覚えてないんだ」

神威がアハハと笑う。その可能性もあるだろうと少しだけ思っていたが、まさか本当にそうだとは。

「名前は覚えてる? 自分の名前」
「・・・たえ、と。あなたは呼んでましたね」
「そうそう。それがキミの名前ね」
「たえ」
「可愛い名前だよね。地球人っぽい」
「地球人?」

妙が訝しげに神威を見やる。

「あなたもしかして、天人?」
「うん、そうだよ。そういうのは覚えてるんだね」

妙の記憶障害は限定的なもので、妙自身にまつわる記憶だけがすっぽり抜け落ちてしまっているようだった。
自分の名前も、自分に関わるもの全てが妙の中にはない。
しかし、それはそれ。神威にはどうしようもない。

「まあ、とりあえずそれ食べてよ」

神威は先ほど自分が持ってきたお椀を指し示す。

「そういうの食べるんでしょ。病気の時とか」

そんなことを部下が言っていた。変なことに詳しいなと言うと、上司が世間知らずなもんでと返ってきたが。
なかなか手に取らない妙に焦れ、神威がはい、と無理やり手渡す。すると、妙が申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、わたし・・・」
「ん? あーまだ食べられない?」
「はい」
「そっか。起きたばっかだもんね」
「すみません。せっかく用意していただいたのに・・・」
「じゃあ俺が食べよっかな」
「はい。ではこれを、」
「うん。食べさせてね」

さらりと言いのけ、お椀を妙に渡す。

「ほら、早く」

神威があーんと口を開ける。食べさせろということらしい。戸惑いつつ神威の言う通りにしていると、なんとなくこんなことを昔していたような気がした。もっとずっと小さな男の子に。

「まあまあ美味しいね。妙も後で食べなよ」
「ええ。ありがとうございます」

文句を言いつつも完食した神威に妙の眦が下がる。それを見て、神威が明るい声を上げる。

「あ、笑った。そうやってるといつもの妙っぽいね」
「いつもの?」
「そーだよ。いつもそんな感じで笑ってた。怒ったりもしてたけどねー」

どっちも可愛かったよ、と言われても、妙には分からない。

「あの」
「ん?」
「あなたのお名前をお訊きしてもいいですか」
「あーそっか。忘れてるんだっけ。神威だよ。か、む、い」
「かむいさん・・・」

教えられた名前を繰り返してみるが、やはり思い出せそうにない。

「私とあなたは、どういう関係なんでしょうか」
「んー、オレと妙の関係かあ」

怪我をした自分を治療し、世話をしてくれているのは人間ではない者達。人間である自分といつどこで知り合ったのか。この怪我はどうしたのだろうか。なぜ自分は天人に保護されたのか。そして、記憶を失っているのか。
分からないことだらけで混乱してしまいそうになるが、神威の態度があまりにも普通なので、一体どこまでが日常でどこからが非日常なのかさえ曖昧になってしまう。

「元々は、俺の妹と妙の弟が一緒にいたんだよね」
「私の・・・弟・・・・」
「えー。あの弟も覚えてないんだ」

神威が目を見開いて驚いた。かなり意外らしい。どんなことでも飄々と受け入れていた神威がこれだけ驚くくらいだから、多分それは妙にとってありえないことなのだろう。

「ね、教えてあげよっか」
「私のことをですか」
「弟のことも、俺との関係も、そのケガの原因も」

今からちょっと忙しくて後になるけど、と神威が空になった茶碗を手にとる。

「すぐ戻るから。その時に教えてあげる」
「は、はい! よろしくお願いします」

願ってもないことだ。神威の話次第では記憶を取り戻す手がかりが掴めるかもしれない。
表情を明るくした妙を見て、神威がにこりと笑った。










「阿伏兎。予定変更」
「はあ?」
「ちょっと地球に行ってよ」
「今からですか」
「この前と同じところに降ろして」
「この前・・・あの嬢ちゃんのとこか。あんなとこに行って何するんですか」
「消してくる」

にこっと笑った神威に、阿伏兎は眉を顰めた。この表情と台詞の意味を考えると、ろくでもない答えが導き出される。
先ほど神威は妙に食事を運んでいったはずだ。わざわざ地球人の食べ物まで用意させていたのに、そこから帰ってきたらこれだ。一体何が神威をそうさせたのか。

「妙って記憶喪失なんだって」
「は? 記憶喪失?」

意外な事実に阿伏兎は目を見張る。

「自分の名前も、弟のことも覚えてないってさ。笑える」
「笑えるって・・・多分あんたのせいでしょうが」

多分と言ってみたが、それが確実であることは分かっている。

「あの嬢ちゃん、記憶がねえのか。頭の傷が原因かねえ」
「あれは俺じゃないよ。倒れた時にぶつけたみたい」
「じゃあ結局あんたのせいじゃないですか・・・」

神威が血まみれの少女を抱えて戻って来たとき、死体を剥製にする趣味でもあったのかと阿伏兎は呆れた。戦利品にもならない人間の死体をどうするのかと問えば、まだ生きてると神威は笑ったのだ。

「事実を知ったら、あの嬢ちゃんどうなるかね」

気が狂わなきゃいいけど、と阿伏兎が面倒そうにぼやく。妙が怪我をしたのも、そのせいで記憶を失ったのも、全て同じ人物によってもたらされたもの。そしてこれからまた、あの少女は奪われてしまうのだ。記憶や綺麗な身体だけでなく、その全てを。

「どっちにしろ同じだよ。妙はずっとここに居るんだから」

神威の後始末は阿伏兎の役目だ。神威が興味を失えば返してやれるが、返す場所が無いときはどうしようもない。そもそも手放すのかさえ分からないのだが。

「じゃあ阿伏兎、頼んだよ」
「はいはい分かりました」

思わず漏れた溜息。それは面倒事に対してだけでなく。
阿伏兎は決して不快ではなかった妙との過去を思い出し、少女の未来に少しばかり同情した。


きみを裂いてしまっていいですか。

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2016/02/07

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