※お妙さん以外の女性と関係有り
決まった女と二度寝はしない主義と言いながら、酒の勢いとは恐ろしい。
前に一度寝たことがある女だと銀時が気付いたのは、一通り終えた後だった。
「つーか顔変わってね?あんま覚えてねえけど」
帰り支度をしながら当たり障りのない会話をする。録な会話も交わさず肌を重ねたのだ。事後に囁く愛の言葉など、互いに持ち合わせていない。出してしまえばそれで終わり。
淡々と流れるような会話が続く。
しかし、女の一言が銀時の動きを止めた。
「───は?」
身支度を終えた銀時が虚をつかれた顔で振り返る。
いまだ布団に横たわる女は、笑みを浮かべたまま先ほどと同じ台詞を口にした。
好きな人ができたのね、と。
「俺が?」
思わず笑ってしまった。何を根拠に言っているのか。
「最中に違う女の名でも言ってたなら悪かったな」
冗談には冗談で返す。そんなつもりで軽口を叩いてみたが、冗談にしきれない何かが銀時の胸を掠める。
そんなもの、気のせいだと思いたかった。
「───好きなやつとか」
いそうに見える?と、言いかけて止めた。妙がきょとんとした顔でこちらを見たからだ。
万事屋に差し入れを届けに来た妙は、銀時の眉の上にある傷に目を止めた。すでに血は止まっていたが、傷口はまだ痛々しい。銀時自身はあまり気にしていなかったが、痕が残るからと妙が手当てをしてくれているのだ。
眉の上に軟膏を塗り込んでいた妙と至近距離で目が合い、銀時は誤魔化すように言葉を変える。
「あーいや、好きな男とかね、いねえのかって。お前もいい年だし」
顔は動かせないから目は合ったまま。銀時を見つめていた妙はふっと笑い、微笑んだまま傷口に視線を戻した。
「それ、本当に知りたいんですか?」
人肌に温められた軟膏が傷口を覆っていく。
「私の好きな人なんて、銀さんは本当に知りたいんですか」
くすくすと笑いながら、四角に切られた薄い何かを眉の上に置く。
「違うこと言おうとしてたでしょ」
話しながらも止まらぬ手の動き。仰々しいかもしれないけれど、と妙は包帯を巻いていく。
「本当は何と仰りたかったんですか?」
なるべく包帯が目立たないように気を遣ってくれたらしい。包帯は銀髪に紛れてしまい、パッと見はつけていないようにも見える。
「いやなんつーか、そんなあらたまって言うことでもねえんだけど」
銀時は傷口があった場所に触れた。しっかりと包帯で覆われ、今はもう見ることもできない。血が止まりさえすればいいと放っておいた傷。痕が残ろうがどうでも良かった。
「好きなやついるのかって言われたんだよ」
「銀さんに好きな人?」
「そ、俺に。おかしいだろ?」
鼻で笑ってしまう。あの女がそう思った理由は抱き方が前と違っていたから。なんだそれ。そこまで妙に言う気なれなくて、銀時はまた軽く笑った。
「そうですね。おかしくはないですけど、銀さんに好きな人がいたら驚くかも」
妙は手当てに使った道具を片付けながら穏やかに微笑む。
「お前さっき驚いた顔で俺見てたもんな」
「銀さんの口から好きなやつなんて言葉が出てくるから。意外すぎてびっくりしちゃいました」
「俺も恋くらいしてーわ」
「じゃあいらっしゃるんですか」
妙が銀時に向き直る。
「好きな人、いるんですか?」
上手く言葉がでてこなかった。
何の計算もなく、人の心に踏み込もうとしないでほしい。
応えない銀時を気にするふうでもなく、妙の視線が上へと動いた。
「少しキツかったかもしれませんね」
細い指が包帯の上を優しく触れていく。
「いや、これでいい。ありがとよ」
触れた指を掴み、止める。
妙の視線がゆっくりと降りてきて、銀時の視界で止まった。
「いるように見える?」
もう一度同じ質問を繰り返す。手を掴んだままなのに、妙は身動ぎ一つしない。ただじいっと銀時を見て、そして微かに首を傾げて笑った。
「もしもいるのなら、その人も銀さんを好きになってくれたらいいのに」
「・・・なんだそりゃ」
低く掠れた笑い声。
「いるかいねえかも分かんねえのに、飛躍しすぎじゃねえの?」
「そうですかね」
「好きになってくれたらいいのにって、なんだよそれ。俺の心配でもしてんの?」
そうやって、何の計算もない愛情のようなものを向けないでほしい。
「まあいてもいなくても、どっちにしろ同じだけどな」
手を掴む自分の力の弱さに笑ってしまう。この女の手をこれ以上強く握れない。ましてや抱くなんて、この女を抱くなんて。
「なーんにも変わんねえよ」
銀時はいつものように軽く笑って、胸の奥に咲きかけた花をむしり取った。
また咲けば、また殺して。
このまま、何も気付かないままで。
咲けば埋葬
2014/12/16
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