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※「君依存症」の続編
※前作を読まなくても大丈夫ですが、読んでいた方が分かりやすいかもしれません








ほこりが舞う廊下を歩くのも、通り過ぎる生徒に声をかけられるのも、毎日毎日変わらない。

「あ、坂田先生!」
「せんせーおはよー!」
「ございます、だろ」

丸めたプリントの束で生徒の背中を軽くはたくと、弾んだ笑い声が廊下に響いた。
教師面して過ごす日常。何も変わらない。外側を繕ってしまえば内側なんて誰にも分からない。




「おら、早く席に着けー」

チャイムが鳴り、それと同時に銀八が教室へと入ってくる。担任の登場にクラス内はざわつきつつも、皆自分の席へと急いだ。

「あーもうすぐテストだから休むなよ。以上」

いつも通りな担任の態度に、それだけかよー!などと男子生徒の声があがる。それを面倒そうにあしらったあと、銀八は思い出したように日直である少女を呼んだ。

「昼休み、準備室に資料取りに来て」

目が合う。志村妙が了承したのを確認すると、銀八は何事もなかったかのように教室を出て行った。
いつものように動き始める教室。変わらぬ風景は少女の瞳が微かに揺れたのを日常で覆い隠した。





「失礼します」

静まりかえった室内に妙の声だけが響く。少し待ってみるが返事はない。狭い部屋を見渡すと、簡易テーブルの上にプリントの束が置かれていた。

「これかしら・・・」

妙はその束を一つ取って確認する。辺りを確認するが担任の姿はなかった。このまま待っていても仕方がない。それを教室へ運ぼうと考えていた時、廊下を歩く足音が聞こえてきた。少しだるそうな、特徴のある歩き方。
覚悟はしていたが、嫌な感情が妙を支配していく。
それは未知のものに抱く恐怖に近いのかもしれない。

「──ああ、もう来てたのか」

銀八は中にいる妙に驚くわけでもなく、淡々と言葉を吐く。これはいつもの坂田銀八。妙のよく知る担任の姿だった。自然と緊張がとけていくのが分かる。

「先生が来てくれって言ったんじゃないですか」
「おいおい、来て早々説教ですかー」
「それをさせる先生が悪いんです」

軽い言い合いに安堵する。今まで普通だったことがこんなにも難しいだなんて思いもしなかった。

「資料はこれで良いんですよね」

ドアを開けたまま、そこに寄りかかって欠伸をする銀八にプリントを見せる。

「ああうん、それ」
「配っていた方が良いですか?」
「使うのは来週だから志村に任せるわ」

来週?と疑問符が浮かぶ。なぜわざわざすぐに使わないものを取りに来させたのだろうか。嫌な予感が脳裏を過る。

「じゃあ、失礼します」

銀八がドアの所に居るため、どうしても必然的に近付いてしまう。緊張を見せないように笑顔を張り付かせ、担任の傍へと向かった。

「───なあ」

手が触れる距離。低い声に妙の肩が揺れる。

「聞きたいことがあんだけど」
「・・・なんですか」

腕組みをしながらドアに寄りかかる担任は、薄い笑みを浮かべていた。

「なんで俺を避けてんの?」

躊躇なく確信を突く言葉に心臓がどくりと冷える。
指先が冷たくなるのが分かった。震えた唇を担任から見えないように噛む。

「そうやって、志村が避けたりするからさあ」

視線は動き、妙を捕らえて止まる。

「先生ね、怒っちゃった」

油断していた。扉が開いたままで銀八もいつもと同じだったから、このまま何も起こらないと思い込んでいた。銀八が手を伸ばしてきたのに反応できず、気付いた時には壁と銀八の間に押し込められていた。
脳裏によみがえるのは雨の音と静かな図書室。掴まれた腕の痛み、唇をなぞる指先、肌を濡らした生温い感触。そして、自分を映していた瞳の色。
あの時と同じ色が、同じように妙を映していた。

「携帯、わざわざ拾ってやったのに」
「・・・あれはやっぱり先生だったんですね」
「ああ、知ってて無視してたわけだ。酷いね、お前」

あの日、妙は携帯を落としたことに気付いていなかった。気付いたのは新八が妙の携帯を持ち帰った時。弟の下駄箱の中に入っていたらしいそれを受け取った時に初めて気付いたのだ。

「何か言ってくんだろうと思ってたけど全然来ねえからさ、俺から動いてみようかってな」
「それがこれですか」

震える心を抑えつけ、目を逸らさずに話す。弱さは見せられなかった。

「人が来ますよ。こんなこと見つかったら色々と誤解されます」
「それは困るな」

口ではそう言うが、妙を眺める銀八は顔色を変えることもない。
銀八の瞳に宿るものに名前をつけるなら、何と呼べばいいのだろうか。
妙を映しこんだまま溶けそうなほどに濡れて乾いた瞳は、何色なのだろうか。

「・・・怖い?」

声が熱を孕み、触れない指先が空を彷徨う。

「誰かに見られるのが怖いのか、それとも、」

妙の鎖骨をゆっくりとなぞり、その指をこくりと動く喉にあてる。

「俺が怖い?」

銀八は震える頬に触れながら、慈しむような眼差しを妙に注ぐ。

「なあ、志村。この状況を見られて、お前の言うように誤解されたらどうしようか?」

今は昼休み。生徒の声がここまで届いていた。扉は開いたままで中は丸見え。ここは誰が来てもおかしくはない場所だ。そんな場所で教師と生徒が抱き合っているように見えたとしたら、それは想像以上に最悪の事態だった

「いい加減にしてください。私だけじゃない、先生だって困るでしょ?こんなの見られたら、なんて説明するつもりですか」

ダメージが大きいのは教師である銀八の方だろう。最悪仕事を失うかもしれない。だからこう言えば引くと思ったのだ。だが、銀八の表情は少しも変わらなかった。

「俺と志村は恋人同士です、って言うのもいいな」

飄々とした読めない顔。

「俺と志村は付き合ってます。キスをしてセックスもしてます、って言ったらどうなるだろうな」

言い訳のできない状況で、そんなことを教師が言えば大騒ぎになるはずだ。誰だって信じてしまうだろう、教師と生徒の禁断の関係を。

「子どもの言葉と大人の言葉、生徒の言葉と教師の言葉。お前と俺、どっちが信用されるだろうな?」

扉の向こうの声が一段と大きくなった。誰かがこちらに来ている。話ながらゆっくりと、でも確実に。
銀八の拘束は緩まない。本気かどうかも分からない。ただ、銀八は待っているのだと思った。妙がどんな答えを返してくるのかを、そして銀八を受け入れてしまうことを。
睫毛が触れ合うような距離で、妙が笑った。

「先生は、私がこの学校でどう思われているかご存知でしょう?」

優等生とは妙のためにある言葉だ。教師からも生徒からも信頼はあつい。

「不良教師と優等生と、どちらが信用されると思いますか。無理矢理だったと泣けば、先生はどうなるでしょう?」

大人しく黙っているなど性に合わない。これは賭けだった。たとえどんな手段を使っても、あなたの思い通りにはならないという宣言でもあった。

「───手強いな」

たっぷり妙を見つめていた銀八が、フッと口の端をあげる。それ以上何も言わずに妙から身体を離すと、ゆっくりとだるそうな足取りで扉へと向かった。

「それ、やっぱ配っといて」

そう言い残し、廊下へと出て行く。近くまで来ていた足音が止まった。

「あっ、坂田センセーじゃん!」
「なにしてんのー」
「あーうるせーな。チャイム鳴るだろ、さっさと教室に戻れ」

後ろ手に閉められる扉。一つ隔たりがあるだけで、銀八と生徒がいる場所が遥か遠くに感じられた。
小さくなる声、足音。どうやら一緒に教室の方へと向かっているらしく、気配はどんどん遠くなった。

「ふっ・・・」

ずるずると落ちていく身体。妙は床に座りこみ、震える身体を抱き締めた。
あと何度、逃げられるだろうか。
皮膚に残った銀八の気配を忘れてしまいたかった。



君依存症2

2014/11/19
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