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なにやってんだろうな、と銀時は冷めた瞳の奥で思った。
暑さで思考が鈍り、酔った頭はいつもの答えが導き出せない。
追いつめている自覚はあった。じわじわと真綿で絞めるように少しずつ都合の良い逃げ場を潰し、妙が向き合おうとしない現実の方へ思考を狭めていく。
馬鹿なことをしていると思った。それをして何になると。
銀時は知っている。
妙が自分を好いてくれていることを。
それは、例えば家族に向けるような暖かな感情であることを。
妙が自分に寄せる無条件の信頼。
それがなぜか微かな焦燥を掻き立てるのだ。
遠くで花火が鳴る。
泣くかもな、と眼前に突っ立つ女を眺めていた。








「そんなの・・・言われなくたって分かってます」

妙の唇が震える。視線だけは銀時から逸らさず、だがいつもの強さはそこになかった。

「銀さんは父親じゃないし兄でもない。そんなこと、分かってます」

ゆらゆら揺れる瞳が水を溜めている。そこに男の冷めた表情が映っていた。

「じゃあ分かるよな」

銀時の声が低く耳に絡み付く。

「手をださねえってだけで、手をだせねえってわけじゃねえから」

手をだす、という言葉に妙は僅かに息を飲んだ。それを銀時から向けられるとは思わなかった。いや、今まではきっと銀時がそれを妙に感じさせなかっただけなのだ。銀時の中には僅かにしろ在ったそれを見せなかっただけ。
銀時と妙は家族ではない。男と女であり、他人なのだ。そんな当たり前の事実に妙は困惑していた。突きつけられたのは見たくなかった現実。

「またその顔か」

銀時は笑うように息を吐き、ほんの少し目元を和らげた。

「あん時も、話しかけてくんのかと思ったら変な顔してこっち見てるだけで、結局いつのまにか消えちまってたな、おまえ」
「あの時って」
「町であいつと話してた時だよ」

妙の脳裏にその光景がよみがえる。

「私に気付いていたんですね・・・」

銀時の腕に触れていた綺麗な爪。気だるげな様子で女の話に耳を傾ける銀時の横顔。その光景を妙は不思議な感覚で眺めていた。そこに居る銀時が違うもののようで、でもそれは確かに銀時で。

「分からないんです」

搾り出した声は頼りなく落ちていく。

「考えてるけど、ずっと分かりません。・・・・お付き合いされてる方がいても当たり前だと思いますけど、どうしてもそれが結びつかなくて、だから不思議で・・・銀さんが知らない男の人みたいで」

盆を持つ手が震えていた。二つ並んだ湯飲みがカタカタと音を鳴らす。

「どうして・・・そんな顔で私を見るんですか」

それが男の顔だというのなら、なぜ自分にもその顔を向けるのか。そんな顔を銀時はしない。妙の知る銀時はいつだって『銀さん』なのだから。
妙の視線は自然と床に落ちていた。暑い部屋の中でも板張りの床は冷たい。どれほど時間が経ったのか。花火の音は続いている。瞬間が永遠に感じる。

「────お前がそういう顔にさせてんじゃね」

その言葉を妙が理解する前に、銀時がよっと立ち上がった。驚いた妙の身体がびくりと跳ね、盆の中でカタリと湯飲みが倒れる。あ、と焦った妙に小さく笑った気配が近付いた。

「だから、ボサッとすんなって」

そう言いながら、銀時は妙の持つ盆を掴む。

「かして。風呂入るついでに持ってくわ」
「あの、銀さん」
「なに。お前も一緒に入りてえの?」
「い、いえ」
「わーってるよ」

銀時は軽く笑って、廊下へと向かう。

「ああ、花火見る時は電気消すんだったな」

戸惑いがちに自分を見つめる妙を気にすることなく、銀時は部屋の灯りを消した。フッと消える光。訪れた暗闇が二人を包む。

「そんなとこに突っ立ってねえで、そっちの部屋で花火でも見てろよ」

足音はゆっくりと戸の向こう側へと消えた。



2014/10/10
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