SS | ナノ

風呂場に水の溜まる音が響く。綺麗に磨き上げた浴室はぴかぴかで、妙は満足気に一息ついた。水が溜まるまで数分かかる。ならばその間に他を掃除していようと、自分の家の浴室よりも少し狭い万事屋の風呂場を見渡した。耳に響くのは水音だけ。他は何も聞こえない。だが、妙一人がこの家に居るわけではない。風呂場は台所の奥にあり、居間件事務所には客が来ていた。依頼人であるその人は、銀時の元恋人でもあった。
銀時が依頼に訪れたという女性を招き入れたとき、妙は邪魔にならぬよう帰るつもりだった。依頼内容を無関係な妙が聞くわけにはいかないし、相手も部外者が居ては落ち着かないだろうと思ったからだ。
しかしそんな妙を引き留めたのは銀時だった。私物を取りに行こうと背を向けた妙の襟首を掴み、「どこ行くんだよ」と銀時が声をかける。幼い頃、悪戯を父上に見つけられた時のことを妙は思い出した。

「弟を待ってんだろ。なに先に帰ろうとしてんの」
「いえ、お仕事の邪魔になるかと・・・」
「なるかよ。お前一人増えたからって何か変わるもんじゃねえし。──なあ、いいだろ」

銀時が妙の襟首をがっちり掴んだまま振り返る。妙と目が合った女性は微笑みながら頷いた。長い髪がさらりと流れる。

「ほら、いいってよ」

そう言われてしまえば何も言い返せない。依頼人である女性も特に気にしていないのなら反論のしようがないのだ。逃げようにも逃げられず、妙は「分かりました」と呟いた。





「綺麗になったわね」

きらりと光る鏡に映っているのは自分の顔だ。うっすらと汗ばんだ額が見え、軽くそれを拭った。
風呂場の掃除を提案したのは妙だった。せめて話の邪魔にならないようにしたいと思ったのだ。風呂場なら居間から遠く、依頼人も気にならないかもしれない。それに銀時も風呂に入りたいと言っていた。花火を見せてもらう御礼にそれくらいはしておきたかった。
妙の申し出を軽く受け入れた銀時は手早くお茶の準備をし、すぐに女性と居間件事務所へと姿を消した。あれから二人の姿を見ていない。時折声が聞こえるが、それは小さく断片的なものだった。
妙はぼんやりと鏡に映る自分を見る。大人びていると言われるがやはりまだ十八の子どもだ。本物の大人の女性とは全然違う。妙に会釈して通り過ぎていった女性を思い出していた。前に見かけた時も思ったが、やはり綺麗なひとだった。あのひとが銀時の昔の恋人。そう思うと不思議な気持ちになる。あのひとは知っているのだろう。妙が知らない銀時の顔を。


◇◇


風呂の水を止めると玄関から音が聞こえた。水音が浴室に響いているため気付かなかったが、誰かが玄関にいるようだ。新八と神楽かもしれない。妙は手早く風呂を沸かし、濡れた手を拭いながら玄関へと急いだ。鍵は開いていただろうか。それに依頼人が来ている事を伝えなければ。そんなことを考えながら玄関に行ってみるがそこに弟達の姿はなく、代わりに銀時が立っていた。

「どうした」

銀時は妙を一瞥し、玄関の戸を閉める。

「いえ・・・みんなが帰って来たのかと思って」
「ああ。まだみてえだな」

銀時は鍵をかけ、妙の横をすり抜けて居間に向かう。

「あの、依頼のお話は」
「もう終わった。今帰ったとこだよ」
「そうですか」

女性はもう帰ったらしい。元恋人同士というのは思い出話などしないのだろうか。銀時がどんな話をするのかなんて想像できないし、妙に大人の恋愛などよく分からないのだが。

「あの、お風呂の準備できてます。あと十分もすれば沸くと思いますけど」
「ありがとさん。じゃあ後で入らせてもらうわ」

二人揃って居間に戻ると、机の上に湯飲みが並んでいた。

「あー、来週新八ここに泊まるから」
「仕事ですか?」
「そ。さっきのやつ」

銀時はソファーに腰を下ろし、うっすらと汗ばんできた額を首にかけたタオルで拭いた。

「通うの面倒だし、何日もかけたくねえから朝からやって1日で終わらす予定。朝早いから前の日は泊まりでな」
「分かりました」

妙は飲み終えた湯飲みを盆に乗せながら、銀時の言葉に頷く。

「でもちょっと寂しいですね」
「なにがだよ」
「新ちゃんが帰ってこないと家の中が広く感じますから」
「ふうん。じゃあお前も泊まれば」
「私ですか?いえ、私も仕事ですから。みんなで川の字で寝てみたかったですけどね」

妙はふふっと笑う。銀時がそんなふうに言ってくれるとは思わなかったが、寂しいという妙の気持ちを汲んでくれたのが嬉しかった。

「───お妙」

ゆっくりと目が合う。銀時の顔を真正面から見るのには慣れていない。そのことに気付いた。妙から笑みが消えていく。

「なんですか・・・」
「答えはでた?」
「え」
「さっきの俺の質問に答えてねえだろ。聞かせろよ」
「それは」

妙は静かに混乱する。質問とは、銀時に男を感じるのは珍しいということだろうか。それとも男が女を誘う理由とやらだろうか。確かにそのどちらにも妙は答えられなかったが、その話は銀時が話を逸らした時に終わったのだと思っていた。このまま何事もなく忘れていくものだと。

「銀さんが珍しいって話なら、それは私が勝手に思ったことなので・・・」

自分でもよく分からないのに、どうやって銀時に説明すればいいのか。しかし銀時は、分からない知らないと言って目を逸らそうとする妙を逃がすつもりはないらしい。

「まあ、そんな質問にすら答えらんねえから男の家に付いて来たりすんだろうけどな」

唇の端を僅かに持ち上げ、鼻先で笑う銀時が妙を冷めた目で見る。馬鹿にしたような態度に妙は少し苛立ちを覚えた。

「それはどう意味ですか」
「危機感がねえんだよ。やっぱ男が家に誘う理由が分かってねえんだなって」
「私は新ちゃんを万事屋で待つのが良いと思ってここに来ただけです」

微かに眉を寄せた妙がすぐに反論する。誘われたのは確かだが、それにはれっきとした理由がある。なにより普段の妙はむやみやたらと誘いにのったりはしない。身持ちの固さは自他共に認めるところだ。

「私だってそれくらいの危機感はあります。簡単に男性の後をついて行ったりしませんよ。今日は相手が銀さんだからで、」
「なんで俺ならいいわけ?」

妙の言葉をさりげなく遮るように、低い声が静かな室内に響いた。

「お前さあ、なんか勘違いしてね?」

その先を聞きたくないと、何故か妙は思った。

「俺はお前の親でも兄貴でもねえよ」


2014/06/20
back to top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -