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◇◇◇◇◇◇◇◇

夜風が髪を撫で、頬をすべる。
何気なく煙草を探してしまった自分に気付き、土方は舌を打ち鳴らした。
煙草の匂いが染み付けばいくら闇に紛れようとも風に匂いが混じってしまう。
分かってはいるのだが、今から刀を抜くという意識があの味を求めてしまった。
人を斬るということは任務とはいえ気の進むものではない。

「因果な仕事だな」

慣れはしないのに、こういう生き方しかできない。
吐き捨てた言葉は自分に向けてのものだった。



十一(最終話)



人を騙す。人に夢を見させてあげる。
これは同じような気がするが、違うと言われてしまった。

「分かるような、分からないような」
「なんのことだ」
「ああいえ、こっちに出てきて日が浅いんで道が分かりづらくて」
「そんなこと今はいいだろ。さっさと準備してろ」
「はいすみません」

独り言のつもりだったが、どうやら口にだしてしまっていたらしい。
山崎は上手く誤魔化しつつ作業を進めた。

「こっちから攻めて、」
「狙いどころ・・・」

ぼそぼそ話す男達。
さり気なく確認すれば人数も隠れ家の間取りも調べた通りだ。
連絡は済んでいる。
後は時間を待つだけと安堵した時に、最悪の報せが舞い込んできた。

「おい!!真選組が動いてるぞ!!!!」

一気に場がざわめく。
山崎も皆に合わせて驚いて見せているが、頭では状況を冷静に分析していた。
どこからかは分からないがこちらの情報が漏れたらしい。
こいつらの情報網を甘くみていた。
近藤の予定を掴んでいたくらいだ、もしかしたら隊の周辺に内通者がいるのかもしれない。
ざわめく場をそっと離れ、小さく溜め息を吐く。
内通者がいるにしても探すのは後だ。
時間まであと少し。
副長の命令は二つ。
一つ、対象の行動を把握し、本隊に情報を流すこと。
二つ、時間まで対象をその場に留めておくこと。
それが叶わない場合、抜刀を許可する。

「すいませーん。ちょっといいですかー」

山崎は隠してあった刀を取り出し、ついでに髪型を元に戻した。
髪型一つでかなり雰囲気が変わる。
こちらを向いた男たちの顔が驚きへと変貌するのが可笑しかった。

「お、おまえ、誰だ!?」
「やだなー、一番下っ端の使いっぱしりですよ」

影の薄さがこんなところで役に立つとは。山崎は苦笑する。

「あいつ誰の紹介だっ」
「俺じゃねえよ!!」

ようやく男達は気付いたのだ。
当たり前のように自分たちと共に居た男の素性を誰も知らないということに。

「まさかてめえ、幕府の犬か!」

中には頭の回転が速い奴もいるらしい。
そいつの言葉に周りの男達が一斉に刀を抜いた。
山崎は奥歯をぎりりと噛み締める。最悪かもしれない。この数は不利だ。
局長含める幹部達なら簡単に切り抜ける状況だろうが、戦闘要員ではない山崎には難しい。

「一人で何ができる!!所詮は数が揃わねえと何もできねえ!!」
「おい!こいつを囲め!!」

腐っても元侍か。男達は無駄のない動きで一斉に山崎を取り囲んだ。
刀を構え、にやけた笑みを浮かべる。

「さあて、これからどうするつもりだ」

相手が一人という余裕からか、言葉から馬鹿にしたような響きが感じられた。
幾つもの切っ先が一人の男を狙っている。

「じゃあ降参しようかな」

山崎はそう言ってあっさりと刀から手を離し、両手を頭の上まで上げた。
男達にとって山崎の行動は予想外だった。
圧倒的に有利な状況であるのに誰一人動けやしない。
本当に降参したのか。まだ何かあるのか。
疑念に心が迷う。
迷う刃に人は斬れない。

「何を企んでやがる!!」
「企む?いや、そうじゃなくて」

山崎が心底ほっとした顔でへらっと笑った。

「鬼が来るの待ってるだけ」

刹那、家の外から怒声があがる。走る音、刀と刀が削れる音、殴る音、蹴る音。複数の怒鳴り声がそこらじゅうで響いた。

「な、なんだ」

呆気にとられる男達。
突如入り口の戸が大きく軋み、見張りをしていた男らの仲間が戸を突き破って中へ転がった。

「おーい真選組だ。大人しくしろィ」

刀を片手に悠然と乗り込んできたのは薄茶色の髪の少年。
その顔を見て悲鳴のような声があがった。

「真選組の沖田っ!」
「おいおい呼び捨てか。沖田さんだろィ」

勢いよく斬りかかってきた刀をひょいっとかわし、空いた脇腹に刀の柄をめり込ませる。

「おーい、誰かこいつを縛ってろ」

呻きながら倒れた敵の後始末は外で暴れている部下に任せ、沖田は男らに囲まれている人物を見やった。

「よお山崎、元気そうじゃねえか」
「この状況見てくださいよ!かなりピンチです!」

間に合ったからいいものの、もう少し遅かったらどうなっていたか。山崎の腕では全員を相手にできない。

「くそっ!!」

沖田の注意が逸れたのを見て、何人かの男が背を向けて逃げて行った。
確かにそちら側にも逃走経路はある。
このままでは取り逃がすことになるのだが、なぜか沖田も山崎もその背を追おうとはしなかった。
見逃した訳ではない。
ただ、鬼が一人だけではないことを知っていたから。

「ぐわああああ!!」

案の定、今度は裏口の方から悲鳴が聞こえた。
あーあ、と沖田が呟く。
裏口が騒がしくなるにつれ、中は静寂に包まれていった。
怒号の中を、何かを引きずる音が少しずつ近付いてくる。
現れた人物を見て、男達の顔が絶望へと変わった。

「ひ、ひじかた・・」
「御用改めだ。死にたくねえなら動くなよ」

刃の切っ先から垂れ落ちる誰かの血が、赤い道をつくっている。
引きずっていた男を無造作に放り投げた土方は、視線をゆっくりと動かして止めた。

「山崎か。ご苦労さん。間に合ったようだな」
「いやそれが結構ピンチでして」
「土方さん、かっこつけて一番最後に登場なんてすげえウザいですぜ」
「仕方ねえだろ、裏口にあった武器や火薬を押収してたんだよ。余計な手間とらせやがって」

山崎に刀を向けていた男たちは呆然と立ち尽くしていた。
綿密にたてた計画がことごとく潰されていく。
築き上げたものが一気に崩れさろうとしているのだ。
研いでいたはずの牙は抜かれ、震える手を叱咤し刀を構え続けるだけで精一杯だった。
これが真選組か───。
黒を纏った男達に心底恐怖を抱いた。

「夜明けが近いな」

土方はそう呟いて刀の血を振り払う。握る手がしっくりとくることに口元を緩めた。
やはりこれが自分の生きる世界らしい。

「あの女に会った。沖田お前、俺の悪口ばかり言ってるらしいな」
「えー、なんのことですかィ」
「それについても後で詳しく聞くから、さっさと終わらせるぞ」
「了解しやしたっと」

沖田が床を蹴る。刀身が空気を裂いた。

「山崎、お前はこれが終わったら沖田と一緒に俺の部屋に来い」
「俺は土方さんの悪口なんて言ってませんよ」
「それじゃなくて、あの女のことでだ」
「お説教ですか」
「よく分かってるな」

土方は短く笑って、濡れた柄を強く握りこんだ。


夜が終われば夢も終わる。
頬に散った血飛沫も、手に残る肉の重みも、全ては夢物語になるのだ。
太陽が昇れば、全て。

闇の中、また一つ誰かの声が響いた。








2014/5/28
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