SS | ナノ

※銀さん元カノネタパラレルです。



◇◇


すでに日は沈み、町は夜に包まれていた。夏といえど日が沈めば幾分か涼しい。店を出て少し歩いたところで銀時が「あ、」と立ち止まった。

「おれ酒飲んでた」
「はあ」

銀時の斜め後ろを歩いていた妙も同じく立ち止まる。

「これ。乗れねえじゃん」
「・・・飲酒運転になりますしね」

お登勢の店のすぐ傍に停めてあったバイクは銀時のものなのだろう。見覚えのあるバイクに、これまた見覚えのあるヘルメットがハンドルにかけられていた。

「お前さあ、どうやって帰るつもりだったの」

銀時は首の後ろを掻きながら振り返る。

「どうやって、て・・・普通に」
「歩き?」
「はい」
「そっか」

そーだよなあ、と何事か納得したように空を仰ぐ。妙がつられるように空を見上げると、大きな花がどんと咲いた。夜空には雲もなく、絶好の花火日和だ。

「始まったみたいですね」

音が響き、次々と咲く夜空の花弁。

「新ちゃん達も眺めてるかしら」

新八と神楽は友人達とこの花火大会に出掛けている。定春も一緒だ。

「そういや新八は夜どうすんだ?」
「一旦こちらに戻るみたいですよ」
「あ、こっち来んの」
「ええ。それから家に帰って来ると聞いてます」

花火大会の会場は万事屋を挟んで志村家とは反対方向だ。なので万事屋に荷物を置いて会場に向かうのだと妙は聞いていた。

「じゃあ新八と帰るのか」
「え?」
「今日。ぱっつあんと約束してんじゃねえの」
「あ、いえ」

妙は小さく首を振る。

「新ちゃんには仕事がお休みになったことを伝えてないんです。私がここに居ることは知らないんですよ」

店が休みだと連絡があったのは新八が家を出た後だった。それから急遽決まったお登勢の店の手伝いも新八には知らせていない。わざわざ告げるようなことでもないし、もしも時間が合えば一緒に帰ればいい。合わなければ先に帰ればいい。そんなふうに思っていたからだ。
妙が簡単に説明すると、銀時はどうでもよさそうに短く頷いて、また夜空に目を向けた。その横顔を妙はちらりと覗き見る。銀時の横顔をこんなふうに眺めたことはない。横顔どころか顔すらじっくりと見たことはなかった。顔を合わせば軽い挨拶を交わすか、くだらない騒ぎになるか。知り合って時間は経っているのに、妙は銀時の横顔すらまともに知らなかった。いや、知らないのは横顔だけだろうか。
妙はそっと視線を外し、夜空に開く花火を見上げた。知らないのだ。何も。知っているのは多分ほんの少しだけ。

「俺ん家来る?」

どん、と花火の音が鳴り響くなか、その言葉は滑り込むように妙の中に飛び込んできた。

「新八と帰りてえなら家で待ってりゃいいじゃん」
「銀さんの家?」
「ここだよ、万事屋。知ってんだろ。酔ってんのか」

銀時が訝しげに後ろを指す。

「あ、そうでしたね・・・。銀さんの家というより万事屋っていう印象が強くて。すみません」
「まあ、仕事場件自宅だから間違っちゃいねえけど」

先程出てきたスナックお登勢の二階、今は電気が消えた暗い家は銀時の自宅だ。妙も何度も訪れたことがある。しかしそれは万事屋として訪れていたから、そこが銀時の家だという意識はなかった。

「で、どうする。誰もいねえけど茶くらいだしてやるよ」

そう言いながら銀時は首もとを緩めてパタパタと扇いだ。昼間より涼しいとはいえやはり夏は夏だ。同じ場所に立ち止まっていれば汗が滲みだす。今日は新八達は休みだが、銀時は忙しかったらしい。早く家に帰りたいのかもしれない。

「銀さん、今日はお疲れなんでしょう?でしたら、」
「一人で帰るっつーんだろ。それナシな。ババアにもお前を送るっつったし、一人で帰したなんて知られたら色々うるせーだろ」

銀時があしらうように軽く手を振った。確かにお登勢はそういう人だ。銀時自ら言い出して妙を連れ出したのに一人で帰した知ったら小言の一つや二つはあるかもしれない。

「このまま家まで送るのもいいし、お前が嫌じゃなけりゃ俺の家で待つのもいいし。お前が決めて」
「銀さんはどちらがいいですか」
「俺は風呂入りてえな」
「お風呂ですか」

やはり早く家に帰りたいのだろう。汗を流してゆっくりしたい気持ちは分かる。妙の家で入ってもらってもいいのだが、早いのは銀時の家なのは明白だ。

「銀さんの家で待たせていただいてもいいですか」

銀時の視線がゆっくりと妙に流れた。

「お前はそれでいいの」

不思議な感覚だった。

「さっきも言ったけど、家誰もいねえから」

静かな低い声。目の前に居るのは銀時なのに、銀時ではないみたいに思えてしまう。この男の人は本当に銀時なのだろうか。こんな目で自分を見る銀時を妙は知らなかった。手提げを掴む手に力がこもる。分からないことだらけだ。いくら考えても答えが見つからない。銀時が自分に何を伝えたいのか分からない。

「───だから、そんな顔すんなって」

ふっ、と息を吐くような笑い声。口の端を僅かに上げた銀時が目を細めて妙を見ていた。

「あの時もそんな顔してたよな。どういう気持ちの時にその顔になんの?腹減った時?」

また空気が変わった。いつもの銀時だ。妙の身体から力が抜ける。その時初めて、自分が緊張していたことに気付いた。

「そんな顔って・・・どの顔ですか」
「そのアホ面っつーか、なんか珍しいもんでも見てるみてえな顔」
「珍しいもの」

妙に心当たりはあった。確かに珍しいものを見ていたから。

「それは銀さんが珍しくて・・・」

そこまで言って口ごもってしまう。どう説明すればいいのか。銀時の雰囲気がいつもと違うというのは妙が感じているだけにすぎないのだ。どこがどうとも説明できない。明確な変化などないからだ。

「俺が珍しいねえ・・・」

銀時が顎をさすりながら首を捻る。

「町でアイツと話してた時も、お前はそんな顔してたよな」

え、と妙が小さく呟く。

「俺に女がいたり、お前を女扱いすんのがそんなに珍しい?」

また一つ花火が上がった。


続く
2014/4/6
back to top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -