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※4の続きです。




◇◇


「今さあ、家にうさぎが居んだよね」

妙に頼みがあるという銀八が土方宅に訪れてから数時間後。夕飯の合間に、銀八は真っ黒い玉子焼きを咀嚼しながら軽く言い放った。

「うさぎ?」

妙はビールを注いでいた手を一旦止め、兄の方に顔を向ける。

「そーそー。あ、ビールそれくらいでいいよ。そのまま頂戴」
「いいの?はいどうぞ」
「どーもー」

軽い礼と共にグラスを持ち上げ、銀八はごくりと喉を鳴らす。

「・・・一週間くらい前かねえ。拾ったの」
「拾った?道端にうさぎが落ちてたのか」

玉子焼きにマヨネーズを回しかけていた土方が疑問を投げかける。

「新八が連れて来たから詳しいことは分かんねえけど、まあそんな感じじゃね」
「ああ、弟が連れて来たのか」

それならと土方は納得する。銀八とは高校時代からの付き合いであるため、弟の新八も小学生の頃から知っていた。

「なんか腹減ってるみたいで置いていけなかったんだとよ」
「新ちゃんらしいな」

妙がふふっと笑った。弟のお人好しぶりは小さな頃から変わらない。お腹をすかせたうさぎを見て、新八が何も思わないわけがない。その時の情景が目に浮かぶようだ。

「じゃあお兄ちゃんの頼みってうさぎのことなの?」

頼みがあると訪ねてきた銀八がうさぎの話をしたのだから多分そうなのだろう。どんな頼みだと妙が問えば、今まで他人事のように語っていた銀八が僅かに顔を顰めた。

「なんつーか、女っつーのは扱いづれえな」
「女のコなんだ」
「そー。だから一回妙に見てもらえねえかってね」
「私?」
「女同士なら分かりあえそうじゃね?ババアは年離れ過ぎてるしよ、お妙ならいいかなって。というわけで土方、ここに連れて来ていい?」
「それはまあ・・・」

意外な内容に土方が思案する。うさぎと同性だからなどと馬鹿な事は言っているが、断るような内容ではない。しかしあの銀八の頼みだ。一抹の不安はある。考えを巡らせていると、妙が土方の肘の辺りをそっと引いた。

「どうした」
「・・・いい?」

小さな声で土方に伺いを立てる妙。目が期待に満ちて、すっかりうさぎに心を奪われているようだ。

「いいよ」

先程までの思案があっさり吹っ飛んだ。銀八ならいざ知らず、可愛い奥さんの頼みならば土方に断る理由など更々なかった。





「おかえりアル」
「ああただい・・・ま」

眼前の光景に暫し思考停止した後、土方は目頭を押さえながら強く目を閉じた。別に目が疲れているわけではない。仕事中のみ眼鏡をかけているが、裸眼でも日常生活に困らないだけの視力はある。そうだ、自分の目がおかしいのではない。こんな感じ、前にもあった気がする。あのときは確か白い生き物が家のリビングに鎮座していたような。

「そんなとこに突っ立ってないで、ここに座ればいいアル」
「あ、ああ」

アル?と思いつつ土方はぎこちなく頷く。どことなくイントネーションのおかしい日本語。服装もどこかの民族衣装に見えなくもない。

「座布団はどうするネ」
「いや・・・いいよ」

あきらかに年下相手からのタメ口。これが部下なら速攻でダメ出ししただろう。なのにそうはならず、土方の返事の語尾が柔らかくなったのは、目の前の女の子がニカッと無邪気に笑ったからだ。年の頃は十代前半、妙の弟より年下に見える。ならば中学生か。民族衣装のような服を着た可愛らしい女の子。そう、見知らぬ女の子が土方の家の居間で寛いでいるのだ。

「土方さん!おかえりなさい」

キッチンから顔をだし、にこりと微笑んだのは土方の愛妻、妙。花柄のエプロンがよく似合っている。あれは土方がプレゼントしたものだ。さすが俺だなと現実逃避をしかけるが、左手に感じた感触が土方を現実に引き戻した。

「指輪アル」
「あ、ああ」
「男も指輪をするって銀ちゃんが言ってたけど本当ネ。でも銀ちゃんはしてないヨ?」
「いや、これは結婚指輪で、アイツは結婚してないから・・・銀ちゃん?」
「よお、早かったな。もうちょい遅いかと思った」

いつもより陽気な声で、片手に缶ビールを持った銀八がキッチンから出てきた。ワイシャツ姿でネクタイを外し、腕まくりをしているところを見るに、どうやら料理中だったらしい。しかもいい感じに酔い回っているようだ。

「つまみまだ出来てねーから。ちょっとソイツの相手しててくれよ」

缶ビールを持った手を女の子の方に向けてから、それを口に運ぶ。土方がその手をガシッと掴んだ。

「おい」
「なに」

ビールが飲めずに眉をしかめる銀八。しかし土方の眉間のシワはそれ以上だ。

「お前が連れて来るっつったのは何だ」
「うさぎ」
「じゃああそこに居るのがうさぎなのか?」
「アレがうさぎに見えるって、お前目がイカレてんじゃね?」
「テメエは頭がイカレてんな。うさぎ連れて来るっつって女の子連れて来てんじゃねえよ!」

土方は銀八の胸ぐらを掴み、顔を寄せながら低く小さな声で責め立てる。さすがに年頃の女の子の前で怒鳴り散らすのは自重したようだ。状況が分からない戸惑いもある。説明しろと迫る土方に、銀八はへらっと軽く笑った。

「留学生なんだってさ」
「は?」
「なんか、やとっつー国から父親と一緒に日本に来たらしいぜ。夜に兎でやと。だからうさぎの女の子。間違ってねえだろ?」

間違ってはいない。間違ってはいないが屁理屈だ。まさか人間の女の子を拾ったとは誰も思わないだろう。

「父親はどうした」
「その父親と喧嘩して家を飛び出したんだとよ。で、疲れて寝てたところを新八が見つけて連れて来たってわけ。父親に連絡したらすぐに来たぜ。ハゲてるけど良い親父さんだったよ。ハゲてるけど」

父親は仕事の都合ですぐに日本を離れなければならず、色々と話した結果、銀八の家で暫く預かることになったのだ。

「紛らわしい言い方しやがって」
「そうか?」
「いきなり女の子を連れて来られたら誰だって驚くだろうが」
「あーわかるわかる。いきなり妹さんを嫁にくださいって来られた時は驚いたもんなー。あれ?アイツ名前なんだっけ?」

にやりと笑う銀八に土方は眉をしかめた。銀八の言う男とは、他ならぬ土方だからだ。

「てめえ・・・わざとか」
「びっくりした?オレもあの時はびっくりしたわー」
「それとこれとは違うだろうがっ」
「やだートシくんこわーい」

棒読みな台詞に軽くキレそうになるが、妙と神楽の手前そうはいかない。できれば穏便に過ごしたい。

「たーえー」

銀八は土方に胸ぐらを掴まれたまま妙を呼ぶ。

「そいつさ、これから暫く家で預かることになったんだ。妹みてえなもんだと思って可愛がってくれよ」
「アネゴとはもう仲良しね!」

妙ではなく神楽が嬉しそうに応えた。ここに連れて来て正解だったなと銀八は思う。やはり女は女同士だ。

「神楽ちゃんにアネゴって呼ばれると、なんだか家族が増えたみたいで嬉しいな」

自分の腕に抱きついてきた神楽の頭をそっと撫で、妙がふわりと笑った。

「今度一緒に料理を作ろうって神楽ちゃんと話してたの。マヨネーズも手作りするから、土方さん楽しみにしててね」

年相応の無邪気な笑顔を浮かべる妙に、土方もつられたように微笑む。

「ああ、楽しみにしてる」
「お前ほんとに妙に甘いのな」

銀八のへらへらした顔は気に食わない。だが妙の笑顔に簡単に釣られてしまうのは、惚れた弱みだから仕方がない。



2014/4/6
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