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暗闇の中を黒い魚が泳いでいる。素早く静かに、息を潜めて。

「よく訓練されてるな」

ほとんど足音もたてずに動く男達を眺めながら、土方は満足そうに目を細めた。

「ああ、一番隊ですかィ。あそこは隊長が優秀ですからねィ」
「あそこの隊長はさぼり魔で有名だろ。優秀だとか聞いたことねえよ」
「耳ん中が詰まってんじゃねえですか。これで耳ん中掻いてやりやしょうか」

沖田は抜いたままだった刀の切っ先を土方に向けてゆらゆらと揺らす。磨かれた刀身は氷のように滑らかだ。仕事は面倒くさがるくせに、刀の手入れは怠っていないと分かる。触れただけで切り裂かれそうな光が土方の目を刺した。

「くだらねえこと言ってねえでそれをしまえ、クソ隊長」
「あらら、副長は刀がお嫌いで?」
「好き嫌いなんざあるかよ」

土方は腰にある刀の柄に触れた。馴染んだ感触に目を細める。

「これしか生き方知らねえから、これで生きていくしかねえだろ」

何のための刀だろうか。誰のための刀だろうか。
魚は水の中でしか生きていけない。それがどんなに薄汚れた水であっても、そこで生きてそこで死ぬ。ただそれだけ。

「お前も似たようなもんじゃねえか」
「まあ、そうですねィ」

肩を竦めた沖田は器用に刀を回し、滑らかに輝く刀身を鞘へとおさめた。腰に重みがのしかかる。これを軽く感じてしまえば終わりだなと、なぜか思った。

「山崎は待機させたままですか」
「いや、潜り込ませてる」
「連絡は?」
「───まだだ」

煙草に伸びそうな手を腕組みして誤魔化し、土方は壁に寄りかかった。煙草の匂いがつくことは避けたい。

「あちらさん、こっちの動きに気付きやすかね」

どさり、と腰を下ろした沖田が欠伸をする。緊張感の欠片を見せないのはいつもどおりだ。

「万全は期してる。これで気付かれたら運が悪かったってことだな」
「その悪い運に大当たりしちまったら?」
「そのための山崎だろ」

監視役であり連絡役でもある山崎に、そのリスクを一任している事実は変わらない。

「大当たりしたのが山崎だったらどうしやしょうか」

肝心なことが省かれた言葉。だが、それが山崎にとって最悪の事態で、ないとは言い切れない状況を指しているのは分かる。土方も同じことを考えていたから。

「任務優先だ」

土方は表情を変えることなく言い切った。

「捨てますか」

沖田もまた、眠そうな眼差しで虚空を眺める。
土方が言わなくても、その答えは分かっていた。

「土方さん」
「なんだよ」
「真選組じゃなかったら何になりてえですか」
「いきなりなんの夢語りだ」

わざとなのか本音なのか、的はずれな沖田の台詞に土方が軽く笑う。

「俺は金持ちになりてえや。金持ちになって国とかつくりてえな。で、王様になろうかね」
「俺らをお前の家来にすんのか」
「そうそう。それで国には女王様も欲しいですねィ」

あぐらをかいていた沖田はそのままの姿勢で土方を見上げる。

「姐さん、気付いてやしたぜ。俺が近藤さんの女を選んでいること」

土方は無言のまま沖田を見下ろす。

「ついでに土方さんも共犯だってバラしときやした」
「好きにしろ」

無性に煙草が吸いたくなって、土方は誤魔化すように息を吐いた。

「俺はあの人がいいや」

沖田が軽く笑う。

「なぁ土方さん。俺にとっちゃあ真選組(ここ)が国なんでさァ」

言葉がさらりと流れて落ちる。淡い色合いの髪が風に揺れた。

「足りねえもんは手に入れてえ。姐さんはここに必要だ。だから欲しい。近藤さんが無理なら近藤さんじゃなくてもいい。あの人を手に入れてくれんなら山崎だっていい」

薄い瞳が土方を仰ぐ。

「あんただっていい」

土方は無言のまま沖田を見返した。魚は海でしか生きていけない。向こう側にはいけない。呼吸すらできない。

「誰もやらねえなら俺がやりやすぜ。姐さんを諦めるっていう選択肢は今んとこありやせんから」

幻に手を伸ばし掴めないと嘆くくらいなら、こちらへ引きずり込めばいい。

「・・・あの女を巻き込むな。生きる世界が違う。夜と朝ほどな」
「じゃあ土方さんはいち抜けっと」
「そういう問題じゃねえだろ」

顔をしかめた土方が乱雑にに髪をかきあげた。煙草がないと苛立ちを上手く流すこともできない。勢いのまま文句の一つでも言ってやろうと思ったが、タイミング良く携帯が震えた。小さく舌打ちし、土方が携帯に視線を走らせる。

「───上手く潜り込んだようだ。こっちの動きは気付かれちゃいねえ」
「じゃあ作戦通りで」
「時間厳守だ」
「分かってまさァ」

夜明け前。それが現実が幻に、幻が現実に変わるタイムリミット。

「さっきの話はまた後だ。これが終わったら山崎と一緒に俺の部屋に来い」
「りょーかーいっと、ああそうだ」

立ち上がった沖田は大きく伸びをしつつ土方に視線を移す。

「俺の代わりにツケを払っといてくだせぇ。店じゃなくて姐さんに」
「はあ?なんで俺が払わなきゃなんねえんだよ」
「口実ありゃ夜でも朝でも会いに行けんでしょ」

沖田は呑気な声で「頼んまさァ」と土方の肩に手を置いた。


2013/11/6
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