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『いやあ、フラれちゃいました』

電話越しの声は、土方に軽くそれを告げた。

『結構いい雰囲気だったんですけどね。参りました』

夜も更けた真夜中。漆黒の闇夜に似合わぬ明るい声に、土方は雑な溜め息を吐いた。

「山崎」
『はい、なんですか』
「俺は待機してろと言ったはずだが、忘れたのか?」
『いえ、しっかりと覚えてます』
「なら大人しくしてろ」

電話越しの軽い笑い声に眉をひそめながら煙草に火をつける。笑いごとか、と言いたくなったが止めた。山崎のことだ、自分に出来ることは既にやっているのだろう。命令には忠実に従う男だ。ただ、今回は余計なことまでしているのだが。

「女口説いてる暇があったら刀でも研いでろ」
『あら?今回は俺も刀を使うんですか?』

山崎は内定調査が専門だ。帯刀こそしているものの、それを使う機会は他の隊士に比べて圧倒的に少ない。沖田率いる一番隊が出動する今回の任務なら尚更だ。一番隊は真選組の中でも強者揃いの戦闘集団。自分が出る幕などあるのだろうかと、山崎が疑問に思うのも無理はない。

『沖田隊長もいるし、今回は副長も出るんですよね。俺、必要ですか?』
「それはお前次第だな」

不意に無音になった。静かな空間に紫煙が昇る。

『次は連絡役ですか』
「話が早くて助かる」

土方が口の端を緩く上げて笑った。
強襲をかけても相手がいなければ意味はない。運が悪ければ返り討ちにされる危険もある。そのため先に敵陣へと潜り込み、相手の動向を報せる連絡係が必要だった。重要であり、危険でもある任務だ。

「奴等の潜伏先は分かっているな」
『もちろんです』
「俺らが到着するまでその場に留めておけ」
『先に奴らが動き始めたときはどうされますか』
「だから言っただろ、お前次第だとな」
『──ああ、はい分かりました。俺がそれまで奴らを止めておくんですね』
「死なない程度にな」
『土方さんはどちらに?』
「沖田らとは別行動だが到着次第潜伏先を囲む。表は沖田。裏は俺だ」
『あーやっぱりその時間までは俺一人か・・・』

山崎が諦めたように笑った。何を諦めたのか、土方には分かる気がする。

「───お前でも刀を抜くのは怖いか」
『えーまあ。でもそういう仕事ですし』
「そうだな」
『土方さんはどうです。怖いですか』
「当たり前だろ。今だって足が震えてるな」

ふ、と土方が笑った。人を斬ることは慣れるものではない。真選組とはいえただの人間。斬れば血を流し、斬られれば死ぬ。刀を使うとはそういうことだ。
吸いかけだった煙草を口に戻し、部屋の時計を見やった。針は刻々と夜明けに近付いていく。

「──要件は終わりだ。この後すぐに任務に取り掛かってくれ」
『了解です』
「こちらのことは気にするな。お前はお前の仕事をしろ」
『分かりました』
「次に会うときは、そうだな、なるべく首と胴体が繋がったままでいろよ」
『あはは、頑張ります』

長くなった灰を落とし深く吸う。煙草を吸えるのはこれで最後だろう。次は仕事が終わってからだ。生きていればの話だが。
通話をきろうと携帯を耳から離しかけたとき、『土方さん』と呼び掛けられ、再び携帯を耳にあてた。

「───なんだ」
『俺が姐さんにフラれた理由、聞きたくありません?』

出てきた名前に一瞬思考が止まる。
姐さんとは、志村妙のことだ。局長である近藤が惚れ込み、彼女を慕う隊士も多い。山崎がどういうつもりか分からないが、釘を刺したばかりだった。

「───フラれた相手は志村妙か。あの女には手を出すなと言ったはずだが」
『まあ、成り行きで。でもフラれたからセーフですよね』
「そういう問題じゃねえよ」
『でも俺がフラれた理由、聞きたいでしょ』

核心を突くように話す部下が癪にさわる。

「お前が言いたいんだろ。聞いてやるから早く言え」

どうせくだらない話だと思いながらも、土方は面倒くさそうに煙草を口に運ぶ。

『さっきまで姐さんと一緒だったんですよ。で、何となく誘ってみたらフラれちゃいまして。その理由なんですけどね』

目を伏せたまま煙草を燻らせる土方の耳に明るい声が響く。

『土方さんが怖いから、ですって』

驚いて煙草を落としかけた上司の光景が見えたかのように、山崎が愉しそうに笑った。


2013/10/18
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