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※銀さん元カノネタパラレルです






「顔、ですか」

妙は訝しげに銀時を見つめる。変な顔だと銀時は言った。あの時と同じだと。あの時とはいつのことかも分からないまま、妙は探るように自分の頬に触れた。

「もしかして・・・何かついてます?」

考えたくはないがその可能性は高い。何かの拍子で顔を汚してしまったのだろうか。薄暗い店内で遠目なら目立たないものが、傍に来たことで目に入ったのかもしれない。ならば銀時が一瞬目を見張った理由も分かる。

「すみません、あの、気付かなくて」

妙は急に恥ずかしくなり、ごしごしと顔を擦った。接客の仕事にも慣れてきたと思っていたが、見た目にも気を使わなければ意味がない。自分はまだまだだと反省する。そんな妙を見て、銀時は息を吐くように小さく笑った。

「顔擦りすぎ」

伸びた手が、やんわりと妙の手を取る。

「そういう意味じゃねえから」

皮の厚い、かさついた手のひら。それはすぐに離れていく。

「そうですか」

妙は曖昧に微笑み、落ちた横髪を耳にかけた。
ささやかに握られた手。それはとても銀時らしくない行動だと思った。
基本的に銀時は妙に触れない。他の誰かにどうするかなど興味がないから知らないが、不可抗力を除けば、銀時から妙に触れることはほとんどなかった。口で言えば済むことを、わざわざ触れて咎められたことなど皆無といっていいだろう。それが二人の距離であったし、妙の中に在る坂田銀時の姿であった。

「どうしたんだいお妙、ぼんやりして」

笑みを含んだお登勢の声。それと同時に銀時の前にグラスが置かれた。透明な液体がなみなみと注がれている。

「いえ、顔に何かついていたのかなって」
「ああ、銀時が変な言い方したから気になったんだね。いつも通り綺麗だから安心しな」

お登勢は妙の背中を軽く叩き、新しい煙草に火をつけた。

「こういうときに言葉が足りないからね。さっきのあれも、あんたを心配したんだよ」
「心配って、変な顔をしてるっていう・・・あれですか?」
「分かりにくいだろ?」

妙は思わず銀時を見るが否定も肯定もない。話に加わるでもなく、どうでもよさそうに酒を呑んでいる。その素っ気ない態度が銀時らしくて、妙は安心したように微笑んだ。

「でも私、銀さんに心配をかけるようなことあったかしら。道場の件も新ちゃんのことも今は上手くやってますし」

考えてみても思い当たることがない。

「頼まれもしないのに心配してくれるなんて女冥利につきるじゃないか」

どこか愉しげなお登勢は、指に挟んだ煙草を銀時に向ける。

「そういう性分なんだろうよ。なんせこの私まで気にかけてるくらいだからね。女に甘いのさ」
「あー、そうですね」
「ばーか、ババアの戯れ言を真に受けんなよ」

素知らぬ顔で呑んでいた銀時が口を挟む。

「女に甘い?大いに結構じゃねーか。女を使い捨てするよりゃいいだろ」
「そりゃ良いことさ。私達はあんたの性分が分かってるからいいけど、あんたに気のある女は期待しちまうだろ」
「期待されても銀さん困るわー」
「別れた女とはより戻さないのかい」
「続けるのが無理だったから別れたのに戻ってどうすんの。そろそろ諦めんじゃね」
「諦めてなさそうだったけどねえ」

二人の会話に時折笑みを挟みながら、妙の思考は複雑に絡まっていた。言っている意味は分かるのだが、それが銀時と結び付かないのだ。妙の知らない銀時が次々に現れて、妙の中に在る坂田銀時を不確かなものにしていく。

「───そういやお妙も銀時の女と話してたね。どうだった?」
「え?あっ・・!」

呑み終えたグラスをさげようと持ち上げたところで急に話を振られ、妙は思わず手を滑らせそうになった。

「───気を付けろよ。さっきからボーっとしてるだろ」
「すみません・・・ありがとうございます」

間一髪でグラスを受け止めてくれたのは銀時だった。落ちかけたグラスを妙の手ごと掴んだのだ。すぐに離れた銀時の手を、妙はぼんやりと見つめる。不自然さの欠片もない、いつもの銀時らしい行動だった。

「・・・話したと言っても、銀さんがいないか確認されただけで。依頼ではないと言ってました。だから、ただ銀さんに会いたかったんだと思います」

グラスを洗い、布巾の上に置く。きらきらと光る水滴が透明な肌を撫でるように落ちていった。

「恋愛事はよく分かりませんけど・・・でも、その方が銀さんに会いたくなった気持ちは分かるような気がします。銀さんが居てくれると安心するから」

いつも優しいわけではない。気が利く人でもない。寄り添ってくれるわけでもない。だが、困った時は必ず気付いて手を差し伸べてくれる。銀時は女だけでなく自分を頼ってくる者を無視できない。それを甘いと言われればそうなのだろうと妙は思った。疲れて立ち止まったとき、ふと浮かんだ顔が銀時であったなら、きっと妙も会いたくなる。

「───安心ね。へえ」

銀時の低い声。酒のせいか、いつも乾いている瞳が湿り気を帯びている。眠りに落ちる寸前のような顔。しかし口元には微かに笑みが浮かぶ。

「俺はそんなにいい人間じゃねえけどな」

冷たい顔だと妙は思った。酔っぱらった顔も泥酔した姿も、何度も見てきた。酔い潰れた銀時を介抱したこともある。しかしそのどれにも当てはまらない姿に、妙は戸惑うしかなかった。

「いい加減にしな。お妙が困ってるだろ」

お登勢がぴしゃりと言い放つ。

「お妙、気にしなくていいよ。ただの絡み酒さ。隠してたつもりの女関係がバレちまって罰が悪いのさ」
「別に隠してねえから」
「言う気もなかったろ」
「わざわざ言うことでもねえしな」

銀時はぐいっと一気に飲み干すと、軽い音を立ててグラスを置いた。

「今日はもう客で混むこともねえだろ。お妙、送るから準備して」
「は、はい・・・え?」

目の前で起きた急展開についていけず、妙は目を丸くする。

「ふふ、まあいいさ。お妙。今日はもうそんなに客も来ないだろうし、あがっていいよ」

銀時の勝手な宣言に気を悪くするでもなくお登勢は受け入れる。それに戸惑いながらも妙は頷いた。店主がそう言うなら素直に従うほかはない。言い出した銀時が何を考えているのか分からないが、それはもう考えないことにした。いくら考えても答えが見つからないから。

妙は手を洗い、前掛けを外して手提げ袋にしまった。荷物を片手に戻ると、銀時は既に支払いを済ませたのか、扉に背をあずけて立っていた。また何かしら話していたらしい二人は、妙が戻ると自然な様子で会話を終わらせる。

「お妙、今日はわざわざすまなかったね。また何かあったら頼むよ」
「はい。また連絡して下さい。・・・あの、本当に今日はもう、」

手伝いといっても開店して一時間も経っていない。開店準備は手伝ったが、本当にそれだけだ。相手をした客は銀時一人だけ。

「いいんだよ。このまま銀時に絡まれ続けるのも面倒だからね。さっさと連れて帰っておくれ」
「絡まれたのは俺の方だろーが」
「色恋話は酒のつまみにぴったりだろ。今度はお妙の恋愛話を聞かせてもらおうかね」
「あの私、恋愛は・・・」
「いいから、ほら行くぞ」

銀時が扉を開けて出て行く。そちらに顔をやりつつ、妙はまた振り返り、「お登勢さん、また来ます」と声をかけた。
妙が出て行く時に、常連客らしい二人連れが入れ替わりに入って行く。閉まる扉の隙間からお登勢と目があって、妙が会釈すると、お登勢が片手を上げて応えた。


2013/8/17
※予想外に延びてます。次で終わる!はず!
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