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※銀さんの元カノの存在に姉上が気付いたら……というパラレル設定です





変わらない日常が退屈だと思う暇もなく流れていく。
不思議なものだと妙は思う。ほんの少し前までの日常とは全く色合いが違っているからだ。頼る者はおらず、両親が残した道場とたった一人の肉親を護るためだけに生きていた。全てを護るためならこの身を投げ出す覚悟もできていた。実際そうするつもりだった。
なのに今はどうだろう。夜の仕事とはいえ、ある意味あの町では健全な仕事であり、仲間もたくさんいる。親しい友人もできた。人並みの生活ができるようになった。弟が生き生きとして、妹のように可愛い存在がいて、幼馴染みの親友が帰って来た。気軽に話せる相手ができた。・・・初恋の人にまた会えた。
全てが夢のように思えるのだ。こんな未来が待っているなど、あの時の妙は考えもしなかったから。
きっかけは一つ。
一人の侍と出会えた。
それだけ。
だが、その出会いの大きさを妙は深く心に刻み込んでいる。
彼の存在は妙の中で不変であり柱であった。守り刀であり拠り所であったかもしれない。
少し離れた距離に、しかし手を伸ばせば届く距離に彼が居る。
その存在は妙を強くし、また安心させた。




「───銀さん」

人波の狭間に見慣れた面影を見つけ、妙はあげかけた手を止めた。
銀時が居る。だるそうに首の後ろに手をやって、僅かに首を傾げている。その銀時の腕に、もう一つの手がかかっていた。白く艶かな肌に綺麗に染められた爪。しなやかな動作は大人の女性らしく、少しもいやらしくはない。彼女がかきあげた髪の隙間から横顔が見えた。妙の知らない女性だ。仕事柄顔の広い銀時には老若男女問わず知り合いがたくさんいる。中には若い女性もいて、こんなふうに見知らぬ女性と話す姿を見かけるのは一度や二度ではなかった。いつもならただ一瞥して通り過ぎるだけなのに、なぜか妙の足は止まったまま。黒目がちな目をぱちぱちとさせて、不思議そうにその光景を眺めていた。

結局、妙は銀時に声をかけることはせず、そのまま家路についた。今日見たことは、わざわざ弟に言うことではないし、ましてや銀時本人に告げることでもない。心のどこかに引っ掛かりを残しながらも、忙しい日常の中、いつしか妙はあの女性のことをすっかり忘れてしまっていた。


◇◇


「すみません。ちょっといいですか」

開店前のスナックお登勢に響く控えめなノック音。従業員が夏休みのため手伝いに来ていた妙が扉を開けると、見慣れぬ女性がそこに立っていた。

「銀さんはお留守かしら」

どこかで見たことがある顔だと、妙はさり気無く観察する。

「もうすぐ帰って来ると思いますが・・・あの、もしかして依頼に来られたのですか?」

女性は緩く微笑むと、ゆったりとした仕草で首を振った。

「いいえ。私は依頼人じゃないの」

そう告げられて妙は内心困ってしまう。依頼人ではないのならどうすればいいのか。銀時の友人ならば招き入れて待ってもらうのだが、そうでなければ勝手に待たせるわけにはいかない。

「───どうしたんだい、なにか問題でもあったのかい」

奥で準備をしていたお登勢が僅かな異変に気付き顔を出した。頼りになる人物が現れ、妙は安堵する。

「いえ、こちらの方が」
「こちら?・・・ああ、あんた、確か銀時の」

その名前が耳にはいった瞬間、妙の脳裏にある光景がよみがえった。数日前、銀時の腕に手をかけ親しげに話していた女性。なぜか不思議に思い、目が離せなかった光景。あの時の女性が目の前に居るのだ。

「銀時なら留守だよ。約束でもしてたのかい?」
「いえ、用事のついでに寄ってみただけなので今日は帰ります」

あっさりと引いた女性はお登勢に挨拶をすると、扉の横に立っていた妙にも会釈をし、店を後にした。
扉が音をたてて閉まる。
訪れる沈黙。

「・・・珍しい顔だったねえ」

残り香が漂う中、お登勢が煙草に火をつけた。

「お知り合いですか」
「顔を知ってる程度で話したのは初めてさ」
「そうなんですか」

妙は何事もなかったようにテーブルを拭き始める。

「銀さんを訪ねて来られたみたいでしたし、親しい方のようですね」
「そりゃ親しいだろうさ」

お登勢が煙草をくわえながら静かに笑った。

「銀時の昔の女だよ。わざわざ会いに来るってことは、銀時に未練でもあるのかねえ」
「───昔のおんな?」

思わず妙の手が止まった。聞こえてきた不可思議な単語を繰り返す。

「女に執着しない男だからね。付き合い方も別れ際もあっさりしてるし、そういう男は逆に忘れられなくなるのかね」

お登勢の言葉が異次元のように感じられた。妙の頭の中にたくさんの疑問符が浮かぶ。

「女つくっちゃ三月(みつき)もたず別れちまう。まあ、ああいう男だからね、普通の女じゃ受け止められないだろうよ」

お登勢の話が誰の話で、それがどう意味かくらい妙にだって分かっている。だが、どうしても結び付かないのだ。妙の知っている銀時と、お登勢が話す銀時が。
妙の中に存在する彼に色恋の匂いはない。彼は男でも大人でも恋愛対象でもなく、坂田銀時として存在しているのだ。

「どうなんでしょうね。私にはよく分かりません。銀さんはそういう顔、私達には見せませんから」

カウンターを拭きながら、妙は淡々と話す。銀時の過去に嫉妬や嫌悪の感情があるわけではない。感情が波打つわけでもない。ただただ不思議でたまらなかった。
あのときもそうだったと妙は思い返す。銀時と女性を見かけたとき、妙は不思議な感覚でそれを眺めていた。あれは多分、あの二人から日常とは違う色が感じられたからだ。妙が知らぬ銀時。銀時が見せぬ顔。その事実が今だに上手く飲み込めないでいた。

「────なんだ、今日開いてんの?」

飛び込んできた声に妙は顔を上げる。開いた扉から現れたのは話題の中心人物だった。

「ふっ、噂をすればなんとやらだね。開いてるよ。一杯やってくかい」
「うわさ?なんの」

銀時はのんびりとした足取りで店内に入るとカウンターに腰を下ろし、その端に居る妙に視線を向けた。

「お妙か」
「こんばんは、銀さん。何か頼みますか」
「そうだな。焼酎水割り、氷多めで冷たくして」
「お妙、そこが終わったらつまみを出してあげとくれ」
「はい」
「お前今日休み?」
「今日は店休日です。急だったので予定がぽっかり空いちゃって」

話しながらも、妙は菜箸を器用に扱い手際よく小鉢に盛りつけていく。

「買い物先でお登勢さんに会ったとき、今日は一人で店に出ると聞いて。私も予定がないし、いつもお世話になってるからお返しにと手伝いを申し出たんです」
「明日には二人共戻ってくるからね、今日だけお妙に手伝ってもらえて本当に助かってるよ」
「ふうん」

銀時は緩慢な動作で頷くと、大きな欠伸を落とした。

「クソ暑いから酒呑まねえと寝られやしねえ」
「いつも昼まで寝てるじゃないか」
「仕事が入ってねえ時だけだろ」
「だからいつもだろ」
「最近忙しいんだよ」

目の前に置かれたグラスを手に取って、銀時は機嫌良く喉を鳴らす。

「・・・あー生き返る」
「幸せそうですね」

妙はくすくすと笑いなが、綺麗に盛られた小鉢を銀時の前へと置いた。

「お酒はお好きですか」
「まあ、一番とまでは言わねえけど。呑むのは好きだな・・・つーかさあ」

そこで一旦区切ると、つまみをひょいっと口に放り込み咀嚼する。

「さっきの、噂をすればってなんだよ。俺の噂?」

銀時はグラスを持ち上げながら、妙とお登勢を交互に見やった。カラリと高く鳴る氷。

「大したことじゃないよ。アンタの昔の女が訪ねて来たってだけの話さ」
「昔の女?」

僅かに眉間に皺を寄せ、虚空を見つめる銀時だったが、不意に「ああ・・・アイツか」と呟いた。

「髪の長い女だろ?」
「心当たりが有るのかい」
「この前偶然会ったんだよ。また話がしたいとかなんとか言ってたから忙しいっつって断ったけど、まさかここまで来るとはね」

中身が少なくなったグラスを揺らしながら、銀時は頬杖をつき息を吐く。

「どうすっかな。神楽や新八が居るときに来られたら面倒くせえし。いちいち説明すんのもなあ」

昔の女という存在を何気なく肯定し、まるで当たり前のように話す銀時に妙は驚いていた。
今まで銀時に恋人がいなかったとは思っていない。大人なのだから色々あるだろう。しかし妙の中で銀時はそういうモノから最も遠い存在だったから不思議でたまらないのだ。己の恋愛について話すこの男は誰なのだろうか。

「・・・銀さん、おかわりされますか?」
「ん?ああ同じの、今度は酒多めにして」
「それは私が作るから、お妙は銀時の相手でもしてやりな」
「つーかお前、なんで変な顔してんの?」

カウンター越しにある銀時の瞳が妙を映していた。いつものようにやる気のない表情。これが妙の知っている銀時だ。

「・・・銀さんは男の人なんですね」
「はあ?」

銀時は一瞬目を見張って、すぐに表情を戻す。

「お前、あの時もそんな顔してたな」


2013/8/4
※長くなったので一旦切ります。
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