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「銀さんはどうですか」

時刻は真昼を過ぎた頃、志村家の居間のこたつの中。向かいに座っている妙からの問いかけに、銀時は「なにが」と欠伸をする。顔はお互いに見えない。銀時が横になっているからだ。

「あら、寝てらしたのね」
「今起きた」

そう言って、銀時は仰向けのまま何度か瞬きをした。起き抜けの目に差し込む光が眩しい。

「なに」
「なんですか?」
「なんか言ったろ」
「あっ、はい」

妙は小さく笑うと、言葉を探すように視線をさ迷わせた。

「・・・例えばですけど。銀さんは、好きな人以外と恋愛できますか?」
「・・・れんあい?」
「恋愛です。できますか」
「あー・・そっち系の話かよ」

めんどくせーな、と低く呻きながら、ぐしゃぐしゃと頭を掻く。

「つーか俺の恋愛とかきいてどーすんの」
「最近お店の女の子とそういう話になったんです。恋愛って好きな人じゃなくてもできるのかなって」

年頃の女が集まれば会話に花が咲く。中でも恋愛関係の話題は尽きることはなく、必然的に恋愛相談も多かった。最近妙に恋愛相談を持ちかけてきたのはお店の同僚で、前述の「好きな人以外と・・・」というのは、この同僚が妙に訊ねたことだった。

「くっだらねえ話してねえで仕事しろ仕事」
「相談を受けたんです。もちろん勤務時間以外のときにですよ」
「でー?そんなこと俺に聞いてどうするんですかー」

銀時が興味なさげに欠伸をする。

「私も考えてみましたけど、いまいちよく分からないんです。だから男性側の意見を聞いてみたいと思いまして。聞けそうな人って銀さんしか思いつかないし・・・」

言葉の語尾がどんどん小さくなる。妙自身、銀時の気持ちがよく分かるのだ。いきなりこんな話をされても反応しづらいだろう。

「どこまでいってんの」

銀時が体を起こし、テレビに顔を向け頬杖をついた。意外な行動に妙は目を丸くする。あのまま寝てしまうと思っていたが、どうやら話を続けてくれるつもりらしい。銀時は頬杖をついたまま横目で妙を見やり、その目を微かに細めた。

「なんだよその顔。そんなドングリみてえな目ぇしてねーで話してみれば?銀さんが聞いてやっから、代わりにそこの蜜柑剥いてくんない」

銀時の下げた目線の先には籠に盛られた蜜柑。妙は何度か銀時と蜜柑を見比べたあと、畳んで置いてあった布巾を手元に広げ、一番上にある蜜柑を手に取った。

「どこまで、ってなんですか」

丁寧に皮を剥きながら、妙は尋ね返す。

「相手の男とどこまで進んでんの」
「お店でお話しするくらいですよ」
「喋るだけ?そんな関係で悩んでんのかよ」
「純愛なんです」
「あーあーめんどくせえ、なにが純愛だ。しょんべんくせーガキじゃあるまいし、一発やってから相談してこい」
「そういうのじゃなくて、もっと純粋なんですよ」
「私たちはみんなと違うのーって?あのなぁ、純粋だなんだ言ったって男と女の行き着く先は結局アレなんだよばーか」
「ばかは銀さんよ。世の中には純粋な恋愛だってたくさんあります」
「はっ、しょんべんくせーガキがここにも一人いたわ」

銀時が軽く鼻で笑う。それにちらりと視線を流し、妙は深く息を吐いた。

「どうぞ」
「どーも」

差し出された蜜柑を受け取り、銀時は視線をテレビに戻す。

「本気なんですよ」

蜜柑の皮をまとめながら妙はまた溜め息をついた。

「あの子は本気なのに、相手の人がそう言うんですって。自分は好きな人とじゃなくても恋愛できるって」
「ふっ、マジか」

銀時は短く笑って、蜜柑を口に運ぶ。

「その女も見る目ねーわな。なんなの目に松ヤニでも塗ってんの」
「恋は盲目なんですよ」

そう言ったが、初めは銀時と同じようなことを思っていた。そんな男はやめておけと口に出そうになったのは事実だ。
だが、その男の話をする女を見ているうちに、何が正しいのか分からなくなってしまったのだ。

「あの子は本当に好きなんです。好きだから恋をして、恋をしたから恋愛がしたいんです。でも、好きじゃなくても恋愛はできると言われてしまう」

全く重ならない二人の恋愛感。埋まらない価値観の違いは広がっていくばかり。

「私はあの子の気持ちが分かります。好きだから恋愛するんだと私も思います。でも、もしかしたら男の人は違うのかもしれないと思ったんです。元々の考え方が違うから答えが違うだけで、気持ちは同じなんじゃないかなって。だってそうでしょう?好きだから恋愛をするんでしょ?でもあの人は違うと言った。なぜそう言ったのか、本当のことが知りたいんです」
「そうじゃないと、あの子がかわいそうって?」

銀時が僅かに眉を上げ、口元にささやかな笑みを浮かべる。

「残酷だな」




「おまえがだよ」




妙はゆっくりと俯いた。肩の力が抜ける。銀時の言葉が妙の瞳を迷わせる。残酷だったのだろうか。本当のことが知りたいと思うことは残酷なことなのだろうか。いつでも己の心に従い、真っ直ぐ生きてきた妙にとって、それは初めて与えられた価値観だった。

「そもそも、そいつが嘘吐いてるかもって思わねえの」

喉を鳴らし蜜柑を胃におさめた銀時は、テレビに視線を向けたまま口を開いた。
思ってもみない言葉に妙は問うように顔を上げる。

「嘘、ですか」
「そー」

銀時は最後の一房を口に放り込み、のんびりと咀嚼した。

「なんつーの、お前らの仕事って客の男と恋愛ごっこして楽しく酒を飲んで、んで楽しい時間を提供するとかそういう感じだろ?じゃあそいつの言う、好きでもない相手と恋愛できるって、お前らも同じじゃね?」
「でも私たちは仕事で、」
「そう、仕事だよ。もしもそいつが、その女との恋愛が仕事だけのものだと思ってたら」

いつもより低い男の声が鼓膜に響く。

「本気になったことがバレて惚れた女に拒絶されたくねえから、始めから予防線張って踏み込まねえようにしてるのかもな。最初から諦めてんだよ。諦めてるくせに離れられないから、都合のいい嘘をついちまう。めんどくせーんだよ、男ってさ」

嘲笑ともとれる軽い口調なのに、笑みを含んだ声は穏やかに響いた。

「・・・男って馬鹿ですね。言葉にしなければ何も伝わりませんよ」
「だから他人の恋愛なんか探ったって無駄なの。そいつのことはそいつしか分かんねーんだから」
「そうですね・・・本当にそうです」

妙はゆっくりと瞼を閉じる。そして、こみ上げてくる何かを逃がすように深く息を吐いた。

「何も分かっていないのは私ですね」

ふっと笑うと、妙はゆっくりと目を開いた。

「私は何も分かっていないから、そんなつもりはなくても、誰かの恋を傷つけたり否定するようなことも平気で言えた。残酷ですね。その通りです。私に恋愛相談にのる資格はない。それがよく分かりました」

投げやりではなく、妙の本心から出た言葉だった。こたつの上で手を組み、それをぎゅうっと握る。恋をしなかったわけじゃない。でも、あの子のように想うだけで泣きたくなるような恋なんて知らなかった。

「まあ、お前に相談すると逆に叱られそうだからな」

うはは、と銀時は頬杖をついたまま気の抜けた笑い声を漏らす。

「頑固でクソ真面目で融通がきかねえから、こっちに都合のいい甘い言葉なんかかけちゃくれねえだろうし」
「・・・耳が痛いです」
「───まあでも、」

虚空を眺める横顔。あまり感情を映すことのない目が、すうっと細くなった。

「そういうお前に救われているやつもいるんじゃねえの」

妙は息を飲み、瞬きを繰り返す。いつもと変わらない口調。こちらを見ようともしない粗雑な態度。だけど、その声はいつもより柔らかい。

「ありがとう、銀さん」

引き結んでいた唇が自然と緩んでいた。

「はい終わり終わり、この話はここでしゅーりょー」

銀時は癖のある銀色の髪をがしがしと掻き、ふあっと欠伸をする。

「もうそいつらの好きにすればいいじゃん。好きにしろって言っとけよ」
「それでいいんですか」
「いいんだよ。結局男と女っつーのはなるようにしかならねえんだから」
「はあ」
「それよりお妙」
「はい、なんですか」

妙が首を傾げると、銀時はだるそうに視線を横に流して、視界の真ん中に妙を映す。

「こんなクソめんどくせー話に付き合ってやった礼に蜜柑剥いてくんない」

髪の隙間から見えた目元が柔らかく細まった。



あなたの慈しみ方

title/けしからん
2012/11/10
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