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「そこで突っ立ってても寒いでしょ」

ね、姐さん。
と暗がりから唐突に声を掛けられても、ああやはり居たのだと思っただけで妙は別段驚きもしなかった。
きらきらと光が点在する飲み屋街から脇道に入り、薄汚れた路地を抜けると、あの輝きが幻であるかのような静かな薄い闇が広がっている。一つ道を違えばこんなにも世界が違うのだ。
それでもここは夜の闇よりも一段明るくて。
だからこんな月のない真夜中であるのに互いの顔がうっすらと見えていた。
それが良いのか悪いのかはそれぞれだが、山崎は女を見れて良かったと思った。

「今晩は山崎さん。こんな時間までお仕事かしら。それともどなたかと待ち合わせですか」

路地の先には川がある。あまり大きな川ではない。
しかし小さいながらも風情があり、橋のたもとは逢い引きをする者達の待ち合わせ場所となっていた。

「姐さん、逢い引きは一人じゃできませんよ」
「お相手はいらっしゃるでしょう?」
「その相手が姐さんであれば嬉しいですね」

橋の上にいる妙の隣に立てば、妙がこちらを見やる。

「まあ。お世辞でも嬉しいわ」

にこり、と絵に描いたような笑みを見て、山崎は苦笑いを浮かべた。
物事の表も裏も探ってしまうのは職業病に近い。
それは人に対しても同じであり、大抵は手に取るように読み取れた。
特に女は大層分かりやすかった。
女を仕事のためにと都合よく惚れさせ、時には惚れたふりをして、女の隙間に入り込み心を読むのは容易いことである。
しかしこの志村妙という女はよく分からないのだ。
名前、職業、家族構成、趣味に特技。そんな表面上なことは知れたとしても、心の内は悟らせないし読ませない。
その原因の一つがあの笑顔なのだと山崎は思っていた。
泣く女は面倒だと、男は口を揃えて言う。
しかし山崎はそうは思わない。
面倒なのは笑う女だ。

「あーまずいな・・・」

山崎が今気付いたとでもいうように首の後ろを掻きながら唸った。

「あんまり姐さんと仲良くするなと副長に釘を刺されてるんですよ」

しかもつい数時間前に。と、再び唸る。

「副長さんが?」
「どうにも女性関係は全く信用されてなくて」
「自業自得ね」

上司に部下に頭を悩ませる土方の姿がありありと想像がつく。眉間に寄った皺が伸ばされる時などあるのだろうか。

「でも、私と山崎さんって仲良くはないわね」
「そこは流しましょうよ」
「誤解されて不愉快かも」
「酷いな」

そう言って眦を下げた山崎に妙が笑った。


歓楽街の明るさが少しずつ小さくなっている。真夜中になり、そろそろ閉まる店も出始めたのだろう。それでも夜更けであるのにまだまだ明るさを感じられる。もちろん隣に立つ者の顔ならば昼間ほどではなくともよく見えた。

「貴方はどこにでもいらっしゃるのね」

山崎が妙に顔を向ける。

「今の貴方は本当の山崎さんなのかしら。それとも昼間の姿が本当の貴方?」
「やはり気付かれてましたか」

どこか嬉しそうに口元を緩めた山崎が軽い笑い声をあげた。

「ねえ、姐さん。あのときはどんなふうに見えましたか?」
「仲の良い恋人同士に見えましたよ」
「それは良かった」
「でも恋人ではないのでしょう」
「今夜までは恋人でしたよ。もう終わりましたけど」

まるで他人事のような態度に、妙が呆れた笑みを見せた。

「それもお仕事ですか」

その含みのある言い様は決して好意的ではない。
山崎の言葉は仕事として「恋人」を演じていたということであり、男女の恋愛に対して古風な考えを持つ妙ならば嫌悪感を抱くのは当然だ。

「ええ、仕事です」

しかしそれが当たり前だとでもいうように、山崎は平然と言い切った。
仕事なのだ。それ以外に何もない。任務を遂行するために必要なこと。それがたとえ最低な行為だとしても仕方がない。

「仕事のためなら貴方はなんでもなさるのね」
「そうですねえ。一番確実な方法を選ぶかな。任務を済ませるためなら手段は問いません」
「誰かを傷つけても?」
「傷つけてもですよ、姐さん。いけませんか?」
「いいえ」

うっすらと開かれた唇が弧を描く。

「貴方は真選組だもの。何事も私達のためなのでしょう?」

相変わらず読めない笑顔はやはり綺麗で。
山崎は触れるつもりのなかった肌に手を伸ばした。



2011.10.01
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