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※お妙さんが神威に連れ去られた設定です。
苦手な方はお気を付け下さい











彼女の視線は鋭く尖った氷のよう。
一息で貫いて、身の内から焦がしていく。

「まだそんな元気があるんだ」

ああ嬉しい。図らずとも口角が上がる。

「まだ諦めないんだね」

高まる興奮、沸き上がる歓喜。衝動のまま殺意は垂れ流されていく。
神威は自然と笑んでいた己の唇を舐めた。血が熱く呻きだす。極上の獲物を見つけた獣はこんな気持ちなのだろうか。
深く息を吐き、昂る熱を逃がしていく。
命が欲しい?違う。命なんていらない。肉も血も欲しくない。
殺さない。壊さない。視線は逸らさない。逸らすわけがない。あの目がおれを射抜くのに。

「やっぱりいいなあ。それいーね。えぐりたくなっちゃうよ」

傍に寄れば鋭さを増す視線。それを受け止めて、彼女の横にしゃがんだ。

「すぐに諦めちゃうと思ってたんだ。だってキミって人間でしょ?しかも女だし。弱いもんね」

ほら、とやわらかな頬を指で弾けば皮膚が浅く裂けた。一拍遅れて滲み出てくる体液。白い肌と黒い髪と赤い血とが視界に収まる。

「こんなに脆いのにね」

べろりと舐めると舌に鉄錆の味がひろがる。これを味わうのも何度目だろうか。
傷が残らない程度に彼女の皮膚を裂き、傷口に舌を這わせることは珍しいことではない。変わる顔色が面白くて、それこそ体中を舌で探った。
抵抗されると余計に楽しくなって、細い足首を掴み力ずくで押さえつけたりもした。もちろん力の加減を考えて、骨を砕くどころか折りもしないように気を付ける。鬱血した痕が肌に残るくらいだ。それはどうしようもない。わざとではないのだから。
しかしそれを見た阿武兎は呆れた顔で、人質はもっと大事に扱えと云う。
大事にしてるだろう?と神威は首を傾げた。
だってまだ壊してない。
大事にしているからだ。

「ねえ、大事だよ。キミがすごく大事」

やわらかな唇に唇を合わせる。薄く開いた隙間から息が漏れた。
妙はもう、抵抗しない。
諦めたわけじゃない。もちろん情が移ったわけでもない。
肉を喰いちぎるほど噛みついたって、神威の興味と好奇心に火を注ぐだけだと悟ったから。
彼女は賢くて合理的だ。だから、抵抗して体力や時間を消費するよりも、安全で効率の良い方法を選ぶ。そうやって静かに待っているのだ。噛み砕く日を指折り数え。狡猾に牙を隠して。
そういうところが面白くて、神威は気紛れに唇を合わせ続ける。
彼女はただ、浅く息を吐いた。

「ぜーんぜん笑ってくれないね。ここに連れて来る前はあんなに笑ってたのに」

覗きこむように話しかけながら頬の傷に触れ、ゆっくりと上からなぞる。

「キミの笑った顔、キレイだから好きなんだけどなあ」

指先は皮膚を伝い降り、細い首に添えられた。
神威の双眸がきゅうっと細まり、口元が笑みを形作る。
いま、ここで、こわしてしまおうか。
沸き上がる加虐心が神威に甘く囁く。
キレイを残したまま、内側にある芯のようなものだけを粉々に砕いて裂いて叩き潰してしまおうか。
そうしたら、彼女はもう笑えないのかもしれないけれど。

「おれの前では笑いたくない?」

無邪気な笑顔のまま指先に力を加えていく。充分に加減された、痕を付ける為だけの行為。

「でもね、ホントはそんなのどーでもいいんだ」

触れるだけの口づけ。瞳に映る獣が笑う。

「どうせアンタは、おれを愛さないでしょ」

刹那、精巧な人形のようだった妙の顔に色が灯った。
ゆっくりと表情が動く。
神威を冷たく刺していた硬質な眼差しはやわらぎ、そして。
水面にたゆたう月のように、妙は儚く微笑んだ。




月が僕を愛さない

title/fio
2011/12/3
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