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星が散らばる空を、黒い服の少年は見上げていた。
彼の特徴でもある淡い色の髪は夜に染まりながらも、時折闇に浮かび上がる。
妙が沖田に気付いたのは、まずその色が目に入ったからだ。踏みしめる砂利の音に、沖田は星から少女へと目を移した。
こんな時間に、とはお互い野暮というもの。妙の仕事を考えれば必然であるし、沖田とて仕事柄、時間の概念などあってないようなものだ。こんな夜更けに出歩くことなど、互いに不自然ではない。
特に今の沖田ならば尚更のこと、夜がいい・・・
妙は無言のまま、つうっと目線を這わせ、それを沖田の手の辺りで止めた。
あかい、と思った。

「一人ですかィ」

妙が視線を戻せば沖田のそれと重なる。

「眼鏡はどうしやした」
「めがね・・・ですか」

訝しげに反芻した妙から視線を外し、沖田はまた夜空を見上げた。

「眼鏡でさァ。あんたの弟の」
「新ちゃん?」

どうやら沖田の云う眼鏡とは妙の弟である新八を指しているらしい。
そのときに、沖田がいつものように自分を『姐さん』と呼んでいないことに気付いた。

「どうしやした。あの弟は迎えに来ねえのかィ」
「新ちゃんならもう寝ていますよ。明日も仕事ですから」
「姉さんを待たなくて寝てんのか」

沖田の呆れたような口調に眉を寄せる。

「私がそうしてほしいって言ったのよ。待たなくていいからって」

新八が迎えに来ないのではない。自分が来るなと言ったのだ。決して薄情者ではない。

「・・・じゃあ、帰りはいつも一人で」
「ええ。一人で」

そこで沖田は押し黙る。何かを考えているようでもあるし、何も考えていないようでもあった。どちらにしろ妙には分からなくて。だから同じように夜空を見上げた。
小さな星が瞬く。

「弟に迎えに来てもらうといい」

沖田の言葉は話し掛けるというよりも、どこか独り言のようだった。

「頼りなくともそうしなせえ。女一人で夜道を歩くよりよっぽどいいですぜ」

淡々と言葉を重ねていくのは今に始まったことではないが、こんなふうに沖田が妙を気遣うのは珍しい。

「気を遣っていただけるのはありがたいですけれど。・・・新ちゃんは寝てますし」
「起きてやすぜ」

妙は少年の整った横顔を見つめる。

「起きて、あんたを待ってる」
「なぜ、そう思うの」
「あんたが弟を心配しているように、弟も姉さんを心配してんでさァ」

姉、という単語を口にするとき、沖田の目元がほんの少しだけ柔らかくなった。

「眼鏡だって男ですぜ。弟だ姉だ言わず、少しは頼ってやりなせえ」

いつもの妙ならば何かしら言葉を返していただろう。それが礼儀だ。
しかし妙の口から言葉は生まれず、ただじっと沖田を見つめる。

「この世で二人きりの姉弟なんだろィ」

低い静かな声は、星空に吸い込まれていった。





血の匂いには慣れない。
不快感と吐き気で寄る眉間の皺。
沖田は隊服の袖口で口元を抑え、小さく咳をした。
人の身体は脆いが硬い。
皮膚と肉はすぐに裂けるのに、骨を断つのは面倒だ。
だから、肉は斬るより突く方が良い。
骨の隙間に刀を差し込み、やわい臓府を一突きする。
それだけで彼らは簡単に崩れ落ちた。
返り血はほとんど浴びていない。
どこを斬ればどう血が噴くかなど考えなくとも分かる。
しかし全てに血を浴びないわけではない。
沖田は手のひらに視線を落とした。
赤い色がぬらりと光る。
人を斬ったこの手に残る命の証。
それに慣れることなどないのに、戸惑うこともなかった。

力なく腕を下げ、夜空を見上げる。
小さく瞬く光。
遥か遠い星の海に、今はない優しい面差しを探した。





「何を見ているの」

そう訊ねた妙に、ほし、とだけ沖田は答える。

「好きなの」
「別に」

素っ気ない返答に、妙は「そう」と呟いた。
妙の瞳に白い光の粒が映る。小さな小さな星々。

「―――むかし父上に、この世で生き終えると人は星になると教えられました。だから、母上は星になったんだよって」

幼い頃に見上げた夜空。父の手を引き星を探す。懐かしい思い出に自然と笑みが浮かんだ。誰かと星を見るのは久しぶりだった。

「どれが母上の星だろうって探しました。どうしても見つけたくて。・・・今もそう思ってます」

ふう、と妙が笑う。造られたものではない笑顔はいつもよりずっと幼くみえる。
少女の横顔は沖田の知る誰かと重なり、凪いでいた琥珀色の瞳が揺れた。


「――人斬りでもか?」

微かに震える声は怒りだろうか、悲しみだろうか。

「人斬りがあんな綺麗なもんになれんのか」

考えるよりも先に妙は手を伸ばし、垂れ下がった沖田の手を掴んだ。抵抗もなく、二人の手は重なるように繋がる。

「俺は自分のやっていることがどういう類いのもんか分かってる。人として誉められたもんじゃねえことも分かってる。そんな俺でもなれるのかね。あんな綺麗なもんになれんのかィ」

張りつめた感情の糸が切れた気がした。

「俺みたいなもんでもなれやすかね・・・あのひとと同じように・・・あのひとと、姉上と、姉さんと」

指の先が白くなるほど握りしめる。

「なれるわよ。私が見つけるもの」

笑ったつもりだったのに、涙が妙の頬をつたい落ちた。

「あなたを見つけてあげる」

慰めたいわけじゃない。助けたいわけでもない。そんなこと出来る筈もない。
沖田が妙の全てを知らないように、妙も沖田のことなど何も知らなかった。いや、知ったとしても何が出来るというのだろうか。同じ星を見つめていたとしても、手を血で染める者の気持ちなど分からない。その覚悟も、罪の意識も、何もかも。
この同い齢の少年は妙と同じ世界で生きていながら、この先もずっと違う道を歩んで往くのだ。それを可哀想だとは思わない。
妙はただ、あの赤い色を隠してしまいたかった。
せめて星が瞬くこの夜だけは。今だけは。
沖田の手を覆うように握られた手。
白く華奢な女の手。
その手に包まれたまま、沖田は掴まれていない方の手を伸ばし少女の目尻に触れた。指先がやわい頬を滑る。その指は血で汚れていたけれど、妙はじっと受け入れた。乾いた血が溶けて、白い肌に赤い跡が残る。
涙は垂れ流すものだと沖田は思っていた。
しかし形を崩さず落ちる様は、遠い日の夜に姉と探した星に似ている気がした。


夜を含んだ風と草の匂い。
月明かりが陰れば世界のすべての色が消えて。
星が落ちた。
少年が静かに笑う。
赤い指の腹に温い水を染み込ませながら、
いつか見つけて、と。



星になったライオン

title/hakusei
2011.09.10
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