沖田はいつもの無表情に少しだけ不快感を乗せながら中庭を歩いていた。暑いのも寒いのもあまり好きではない。
太陽は顔を隠し、じめっとした感覚だけを与えてくる。強い日差しはないものの、空気自体が熱を持っているのが辛い。どうせ暑いならぎらぎらと照らせばいいのにと、そんな愚痴を心の中でこぼしつつ、中庭から校舎へと続く道に差しかかった。
「沖田くん!!」
角を曲がってすぐ。まるで待っていたかのようなタイミング。頭上からの突然の声に沖田の思考は遮断された。
誰かなんて見なくても分かる。
沖田が探していたものがソレだからだ。
続く声を認識したと同時に手を大きく広げた。
視線の先に舞う紺色のカーテン。
薄水色の背景によく映える、その先に伸びた白。
最後に見えたのは太陽だろうか。
強い衝撃に耐えきれず、しかし腕の中に飛び込んできた温もりを離さないよう抱き締めたまま尻もちをついた。
「・・・いてえ」
素直な感想に柔らかな笑い声が被さる。
「ごめんね」
謝罪の言葉に顔を上げれば黒い瞳とぶつかった。
「まさか志村さんが降ってくるとはねィ」
「びっくりした?」
「いんや、嬉しかった」
立ちあがろうとする妙の腰を引き、そのまま自分の上に座らせる。密着する身体は体温を上げるが、離す気など更々ない。
「どうしやした。今迎えに行ってたんですぜ」
「うん。見てたから知ってる」
「待ち切れやせんでした?」
妙は頬笑むと、沖田の頬をそうっと包んだ。少しひんやりとした手のひら。
「お誕生日おめでとう」
黒い瞳には沖田の顔が映っている。
「おめでとう。沖田くん」
早く言いたかったから、と少しだけ照れた表情に沖田が笑った。
「沖田くんが笑ってる」
「うん?」
「めずらしいね。ちょっと可笑しい」
「俺が笑うとそんなに可笑しいかねィ」
「うーん、嬉しいかな」
「そりゃあなによりで」
沖田は腰に回した手を組み、妙の肩に顔を乗せた。二人の身体が密着し、夏服の薄い布越しに膨らんだ胸の感触が伝わってくる。胸の奥の鼓動と共に。
「志村さん・・・心臓がすっげえ速く動いてる・・・」
「・・・沖田くんは?」
妙の問いかけに、沖田は僅かに身体を離した。
「確かめてみやすか」
そう言って、自分の胸の辺りをとん、と叩く。
「触ってみて」
沖田の言葉に導かれるように、妙はそうっと手を這わせた。白いシャツの下にある硬い身体。しなやかな筋肉の弾力。指先に感じる体温。そして、速いリズムを刻む心臓。
「ドキドキしてる・・・」
「志村さんに触ったらいつもこうなりやすぜ」
妙の耳に唇を寄せ直接吹き込むように喋る。そしてそのまま、耳の縁に緩く噛みつき舌を這わせた。
「ま、まって、ここではちょっと、」
妙が戸惑いの声を挙げて制止する。人気のない場所だとはいえ、全く誰も通らないわけではない。つまり、こんなふうに抱き合っているのを見られてしまうかもしれないのだ。妙は離れようと沖田の身体を押すのだが、逆に抱き込まれてしまう。
「おれの誕生日、祝ってくれやすか」
「もちろん。ケーキもプレゼントも用意してるのよ。もらってくれないと怒るから」
「じゃあキスは?」
真正面から目があった。淡い色合いの瞳がゆらゆら揺れている。
「ケーキもプレゼントも志村さんからのキスも欲しいときはどうしたらいいのかねィ」
焼けつきそうな視線を受けながら、妙は眉を下げて笑った。
「欲張りだね」
「誕生日ですぜィ。少しは好きにさせてくだせえよ」
細められた妙の眦に口付けて、沖田はニイッと口の端を上げる。こういう表情の沖田は要注意だ。いつもの優しさはどこへやら、我儘に自己中にマイペースに妙を追いつめていく。こうなってしまっては、目的を果たすまで妙が解放されることはないだろう。
すっかり抵抗を諦めた妙の鼻先にちゅ、と口付け、沖田は小さく笑った。つられて妙が息を吐き、笑う。
「だれかくるよ」
「きやせんよ」
「きたらどうする」
「かまわねえでさァ」
味見をするように妙の唇を舌でなぞると、細い肩がぶるりと震えた。
「誕生日当日」
20110806
happybirthday!!
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