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※不快に思われる表現があるかもしれません。閲覧の際はお気をつけ下さいませ。
※結局何も分からないまま終わります。
※題名は00様からお借りしています。





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彼女は優等生だった。
だった、という表現は適当ではないのかもしれない。
現に彼女は今でも優等生であるし、これから先もきっとそうであるのだろうから。
それでも土方は思うのだ。
昨日まで知っていた彼女はもうどこにもいないのだと。
彼女の本当を知る者は他にいるのだろうか。
きっといないだろう。
だから皆、彼女に優等生の面影を躊躇いもなく重ね続けているのだ。
その仮面は彼女にぴったりと、まるで吸いついているかのように重なっていて。
剥がし落とした下にある本当の彼女を見ようとする者はいなかった。
平等に振りまかれるあの笑顔こそが彼女自身なのだと信じて、そう信じさせられていることに気付こうともせずに。

それは巧妙に隠された、彼女だけの秘密だった。







少女の秘め事は冷たく鋭い、僕の肉を割いていく







「あんただろ」

土方の低い声が静かに響いた。
遠くから部活に励む生徒達の声が聞こえる。
本来ならば土方もその一人となるはずだった。
しかし、今は違う。
普段からひっそりとしている旧校舎にある空き教室に土方は居た。

「あれは、あんただろ・・・志村」

目線の先にもう一人。
乱雑に並べられた机や椅子に囲まれた壁際。そこに志村妙は立っていた。
ほんの少し睫毛を伏せ、なにかを思い出すように小首を傾げる。無意識にうっすらと開いた唇。おくれ毛を絡める指先。その一つ一つが土方の視線を誘う。無意識ならば質が悪い。そんなものに誘われてしまった自分も相当な馬鹿やろうだが。

「違うなら一度だけ否定してくれ。なら俺は、」

もう二度となにも聞かないしなにも言わない。
願いを込めてそう続くはずだった言葉は、妙の言葉によって掻き消された。

「あーあ、バレちゃった」

赤みを帯びていく光が妙の肌を染めていく。澄んだ瞳に土方を映し、ふうっと微笑んだ。

「今まで上手く誤魔化せてたのに。残念」

くすくすと、まるで楽しい遊びを見つけた子どものように笑う。
土方は信じられない思いで目の前の女を凝視した。
今まで見てきた彼女は、志村妙はどこにいるのだろうか。誰よりも清廉潔白で、誰よりも品行方正な彼女はどこにいるのだろうか。いくら考えても、目の前の女と今までの志村妙が結びつかないのだ。
土方はぎりっと奥歯を噛み締める。ある程度の覚悟はしていた。それでも一縷の望みが捨てきれなくて、こんな放課後に、誰も来ない場所に呼び出したりしたのだ。
ただ一言、否定してほしくて。
志村妙なら否定してくれるだろうと信じて。

「・・・否定、しねえのか」
「しないわよ」

それでも妙は容赦なく、柔らかで綺麗な笑みの刃を土方にむける。

「土方くんって意外と優しいのね。一回でも否定すれば見なかったことにしてくれるって?」

さくりさくり、鋭さを忍ばせた眼差しが土方の双眸を突き刺していく。

「そういう優しさってほんとに・・・反吐が出る」

にっこりと、いつもの見慣れた笑顔を土方に向けた。
差し込む夕日は教室を橙色に染めていく。
妙は全てを拒んだ。認めこそしたが、その詳細まで話すつもりはないらしく口を閉ざしたまま。助言も苦言も笑顔で拒絶していた。
問いたいことは幾らでもあった。しかし土方の口から言葉が一向に出てこない。今なにかを言えば、その言葉は妙を傷つけてしまうかもしれない。傷つけるつもりはないのだ。しかしそう思えば思うほど、心の内側からどろっとした感情が滲み出てしまいそうになる。どうしてなにも言わないのだ、どうして弁解しないのだ。傷つけたくないのに、あの笑顔を剥がし泣かせたいと思ってしまう。
一方的に寄せていた信頼を裏切られ、土方は強い憤りを感じていた。
それはあまりにも、自分勝手な恨みだと思った。



鮮やか色彩の中を太陽が沈んでいく。
妙は一瞬視線を落とし、そのまま顔を夕日に向けた。

「どうして人間は綺麗なものが好きなんだと思う?」

鼻筋から顎にかけてのラインが色濃く浮かび上がる。
妙が差し出された手を拒否した時点で既に話は終わっていた。もう二人がここにいる必要はない。しかし妙はそれをせず土方といることを選んだ。土方もまた、妙の話に耳を傾けることを選ぶ。それがどんな結果に繋がるかも知らずに。

「綺麗なもの、あなたも好きでしょう?」
「嫌いだと思ったことはねえな」
「素直じゃないわね」

土方を見やり微笑むと、また視線を戻した。

「例えば折り目のない紙をぐしゃっと握り潰すと、ちょっとだけスッとするでしょう?人間はね、綺麗なものほど壊してしまいたくなるのよ。綺麗なものを汚したり捨てたりしたくなる。だからね、思い込むの。自分は綺麗なものが好きだから、だから大切に大事にするんだって。そうやって自分に信じ込ませて、衝動を抑え込むの」

好きだから大切にしたい。
でも本当は壊したい。
相反する感情を無意識の理性で抑え込んで生きていく。
それは土方にも覚えのある感覚だった。そして、なぜ今このときに妙がこんな話をしたのかが気になった。
優等生として過ごし、皆に愛されている志村妙という姿は、彼女にとって綺麗なものであるのだろうか。その姿は彼女にとって大切にすべきものであると同時に、壊してしまいたいものでもあったのだろうか。土方には分からなかった。

「取引しましょう」

不穏な言葉には相応しくない、穏やかな笑みを浮かべた妙が振り返った。

「・・・どういう意味だ」
「そうね・・・あれの口止め、とでもしておきましょうか」

その言葉に土方が嘲笑の笑みを浮かべる。

「なら必要ねえな。あんたは俺が言わないと分かってるはずだ」
「そうね」
「じゃあなんのための口止めだ」

口元を歪めたまま剣呑な視線を向けた。心外だった。彼女の秘密を皆の前でバラし吊るしあげるような男とでも思っているのだろうか。それともそれを利用し彼女を意のままにするとでも思っているのか。冗談じゃないと土方の苛立ちはつのる。

「そうじゃないわよ」

妙が肩をすくめた。

「理由がいるでしょう?口止め料ということにしておいたら理由ができるじゃない」
「・・・理由?」
「理由がないと土方くんはなにもできないから」
「どういう意味だ」
「ここに近藤くんはいないわよ」

それは不意打ちだった。
土方が目を見張る。

「近藤さんは・・・近藤さんは、関係ねえだろ」

言葉を失った土方は何度目かの呼吸のあと、ようやく口を開いた。

「本当に関係ない?」

濃い橙色に染まった細い指先が土方の胸元をなぞる。

「あなたは、私が好きなのに?」

さくり、と突き刺した刃は、ついに土方の心をえぐった。

「秘密だった?そうね、言えないわよね。近藤くんには」

細い指が土方の制服のボタンを外していく。
土方の脳裏に近藤の笑顔がよぎった。それと同時に、彼女の姿に目が眩んだ。
好きになってはいけなかった。特別な感情を抱いてはいけなかった。なのに、膨らんでいく感情を消し去ることはできなかった。
だからずっと抑え込んできたのだ。ただのクラスメイトとして。もうずっと、ずっと前から。

「取引しましょうよ。あなたは何も見なかった。その代わり内緒にしてあげる。あなたが私を好きだってこと」

ゆっくりとボタンが一つ一つ外される。

「これは約束した証よ。こんなところじゃムードもないけどね」

そう言って最後のボタンを外し終えたとき、土方は妙の腕を引き、両腕で挟むように壁に手をついた。

「だから今からセックスしようって?俺を馬鹿にしてるのか」

腕の間にある大きな瞳を鋭い眼光で射抜く。
しかし妙は微笑みを絶やさない。綺麗な彼女のままだ。それが余計に土方の感情を逆なでた。
抑えつけたはずの薄ら暗い感情が溢れだしてくる。傷つけたくないのに、欲望にまみれた加虐心が沸き起ってくるのだ。
そして、気付く。

「・・・そういうことか」

怖い女だと思った。
黒い瞳の奥にあるものを探ろうとして目を細めてみても、映るのは劣情に駆られた自分の姿であり、それは土方が否定し続けていた自分自身の本音でもあった。

「あんたは俺を、脅迫するつもりか」

誰にも言えない秘密を共有することで同じ位置に立つのではなく、同じ場所まで引きずり落とすために。そして土方に絶対的な罪悪感を抱かせ、それこそ永遠の沈黙を約束させるために。
妙が土方の頬に触れる。

「頭の良い人って好きよ。優しい人はもっと好き」
「ハッ、優しさは反吐が出るんじゃなかったのか」
「優しい人は綺麗でしょう?だから、壊して汚して唾を吐きかけてやりたくなるの」

頬から唇へと辿る指先。
その一線を越えてはいけないと脳内で警戒音が鳴り響き、危険信号は点滅しっぱなしだ。
土方は浅く息を吐く。
もう手遅れだった。既に捕らわれてしまったのだ。そして暴かれてしまった。心の奥底に秘めていた甘い願望も暗い欲望も全て、彼女に。

「―――これは、二人だけの秘密よ」

そう囁かれたのを合図に、土方は妙の首筋に噛みついた。甘い匂いのする肌に顔を埋め、スカートを捲し上げて太股を撫で上げる。手のひらに白い肌が吸い付き、妙の唇から吐息が漏れた。
剥き出しになった肌を隠すことなく、妙は土方の髪にそっと触れる。その慈しむような感触に、土方は勘違いしてしまいそうになった。
ここに、愛があるのだと。

「あんたのこと・・・ずっと、苦手だった・・」

唇と舌を這わせる合間、きれぎれに土方が言葉を紡ぐ。

「苦手で、嫌で・・たまらなかった・・どうやってもあんたを、諦められなくて」

で、このざまだ。と自嘲気味に薄く笑う。

「それなら・・・ちょうど良かったわね」

妙が身体を起こし、二人の距離が少し離れた。

「あなたの好きな志村妙は偽者だったって分かったでしょう」
「ああ・・・そうだな」
「だから今日で、あなたの恋も終わり」

色濃くなっていく夕日に照らされた妙は、花が綻ぶよりたおやかに笑った。
土方はその顔をじっと見つめる。
彼女は土方の知る志村妙とは違っていた。他人を信用せず自我が強く計算高い。人の弱みを容赦なく突き、それによって自分の立場を確保する。そのためならば手段をい問わない。この笑顔も嘘かもしれない。それは土方も理解していた。なのに、

「終わり、か」

それでも彼女を綺麗だと思うのだ。誰よりも綺麗で、誰よりも優しくて。その陰らない微笑みが愛しくて、そして悲しかった。

離れた距離を縮めるように土方は妙の胸元に顔を近づけた。鎖骨に歯をたて、制服の中に手を入れ背中のホックを外す。あらわになった膨らみを片手で覆い、もう片方に舌を這わせた。乳房を唾液で濡らし、色づいた先端を舌の先と歯で刺激する。壁に押し付けられた華奢な身体は動かすこともできず、妙は熱い息を漏らしながら背を反らせた。

「約束してやるよ。誰にも言わない。だから、誰にも見せるな。ずっと志村妙を続けてろ」

太股を撫でていた手がその奥へと進み薄い布に触れる。布の上から柔らかな感触を探り、指の腹で擦り、湿った下着の中に長い指を滑り込ませた。ねっとりとまとわりつくような感触と温度が皮膚を包む。
不意に腕が引かれる。見ると妙が土方の腕を掴んでいた。唇を噛み締め声を耐えている姿に煽られ、熱に誘われるままベルトに手をかけた。カチャカチャと鳴る金属音が夕暮れの教室に響き渡る。
もうなにも考えられなかった。この先どうなるかなどしれたこと。どうにもならない。なにも変わらない。今まで通りの日常が過ぎていくだけだ。土方と妙はクラスメイトとして時折会話を交わし、学校生活での思い出の中に身を沈める。そしてなにも変わらぬまま卒業していくのだ。
二人だけの秘密を胸の奥に抱えたまま、変わらぬ日々を過ごす。
それが終わりのない痛みを土方に与え続けたとしても、割かれた心から血が流れ続けたとしても、甘く密やかなこの時間をきっと忘れられないのだ。

「あんたを嫌いになれたら、終わらせることができるのにな」

少しの諦めを滲ませた言葉に、妙が微かに微笑んだ。
そこに居たのは紛れもなく土方が恋をした妙で。
目元を和らげた土方は優しく愛しむように口づける。
もう二度と、触れることはできないと知りながら。



2011.3.31
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