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人は誰しも得手不得手があるもので、山崎とてそれは例外ではなかった。
上司である土方に刀の腕は普通だと評される山崎は、確かに刀を使うことを特別得意とはしていない。(ただしそれは真選組の中の話であり、一般的に見て山崎の腕前はなかなかのものである)
潜入捜査や情報収集などの隠密活動を主とする山崎には刀の技量とは別の秀でた能力があった。その一つが気配を断ち闇に身を潜めるというもの。それゆえ敵地に居ても誰かと刀を交える確率が低く、ある程度の腕前があれば困ることはなかったのだ。
敵にも味方にも気取られず闇に潜むのが仕事であり、山崎が他人より秀でた能力である。
だから、店から出てくる所を山崎が薄い笑みを浮かべて眺めていたことに、沖田は全く気付いていなかったのだ。

「たーいちょー。その年で飲み屋通いですか」

全身黒い隊服は夜に飲み込まれてしまう。だが、この人の良さそうな地味な男は存在ごと夜というものに溶け込んでいた。

「姐さんと仲良くしてたら怖い人に怒られますよー」

妙の店から少し歩いた脇道の奥のそのまた奥。まるで闇に開いた口から這い出てきたかのように、山崎はそこに立っていた。

「―――なんでィ、ザキか。まぎらわしい」

浅く息を吐いた沖田の目元が幾分か緩くなる。それと同時に沖田の腰の辺りがキラリと光ったのを見て、山崎は驚愕のあまり息を飲んだ。

「ちょ、ちょっと待った!!俺ですよ!!山崎ですよ!!」
「見りゃ分かる」
「分かってんならそれ納めて下さいよ!!今俺を斬ろうとしてたでしょ!」

声を潜めながら文句を垂れる山崎の言葉に返答はない。事実、沖田は斬るつもりだったからだ。見えない気配を闇ごと斬り、その存在を見極めるために。

「もう斬らねェよ」

沖田の手が刀の柄から離される。そして、手ぶらになった両手をポケットに突っ込み薄汚れた塀に寄り掛かった。

「あー危なかった・・・」
「気配消して覗き見してる悪趣味な鼠なんか斬っちまってもいいんじゃねェか」
「駄目に決まってるでしょ!俺だって好きでやってるんじゃないですからね。覗き見するのも気配を消すのも職業病なんです」
「そりゃ難儀だねィ」

沖田は欠伸を洩らしながら携帯で時間を確認する。もうすぐ午前一時半になろうというところか。土方から連絡が入りすぐに席を立ったつもりだったが思ったより時間が経っている。着信が山ほどあったがそれは見なかったことにして懐に戻した。

「お前、潜ってたんじゃねえのか」
「ええ。でも終わりました」
「いつもみてえに女たぶらかして情報を盗んできたのかィ」
「人聞き悪いですねえ。平和的な情報収集活動ですよ」

そう言って苦笑を滲ませた山崎が「あ、そうそう」と思い出したように沖田に向き直った。

「副長から伝言です。今から十分以内に戻って来い、ですって」
「そんなに俺に会いてえならあんたが来なせえって言っとけ」
「いやですよ怖い。ただでさえ俺怒られたばかりなのに」
「いつものことじゃねえか」
「隊長ほどじゃありませんよ」
「汚ねえやり方で女たぶらかしといて仕事だからと言い訳すっからだろィ」
「あー耳が痛いなー」

悪怯れた様子もなく、人の良さそうな笑顔を浮かべながら頭を掻く山崎。それを興味なさげに一瞥し、沖田はすっと視線を落とした。

「―――わざわざお前を使いに寄越すくれェだ。何かあったのかィ」

瞬時に空気が変わる。沖田の気配が変わったのを感じ取った山崎もまた、表情を引き締めた。

「詳しくは副長から説明がありますが、先程連絡があった件の日程について」
「明日の夜明けだろィ」
「奴らの計画はそうですが、お知らせしたいのは奴らの巣に踏み込む日程でして」
「明日じゃねえのかィ」
「はい」
「いつ」
「今日の夜明け前、つまり今から約四時間後です」
「急だな」
「急ですね」
「今日の夜明けはねえだろィ」
「さすがに今日の夜明けは鬼だなと俺も思いました」

山崎の脳裏に浮かぶのは土方の有無を言わせぬ表情。
誰が見ても強引すぎる計画だった。
しかし、様々なリスクを踏まえたうえでそれが最良だと土方が判断したのなら山崎に異論はない。山崎は土方の部下であり、自分の仕事に多少なりとも誇りをもっている。たとえそれが無謀な作戦であろうとも、指示に従い速やかに遂行するのが真選組隊士の務めだ。そしてそれは沖田も同様だった。

「土方さんがそう決めたのなら従うほかねえな」

一度だけ深く息を吐き、沖田が身を起こす。

「まあ、近藤さんがこっちに戻って来たところを狙われるよりはマシかねィ。そうなるくらいならさっさと潰しちまったほうがいい」

攘夷派がことを起こしたときに一番に狙われるのは真選組の局長である近藤だ。その近藤がいない今、護るものを気にしなくていいためリスクを最小限に行動ができる。そんなふうに土方も考え、今回の計画を早めたのかもしれない。

「隊長ってドSなのに局長にだけはちょっと優しいですよねえ」

感心したように頷く山崎を沖田が鼻先で笑う。

「ザキのくせにくだらねぇな」

再び携帯を取出し時間を確認。ここからだと沖田が屯所に着く頃には午前二時を回っているだろうか。

「上司の女選びするのも充分くだらないと思いますけどね。で、どうでした?姐さんは隊長のお眼鏡にかなったようですけど、局長は脈アリで?」

笑みは浮かべたままだが、山崎の顔にからかいの色はない。純粋に気になったから聞いただけのようだ。
不思議な静寂が二人の間を支配する。
沖田が口の端を上げた。

「なかなか思い通りにはいかねぇもんだねィ」
「あー、やっぱり無理っぽいですか?」
「無理ってぇか・・・」

パタンと携帯を閉じ、それを口元にあてて考えるように視線をさ迷わせ、言った。

「惜しくなった・・・かもしれねェな」

探し出した言葉はひどく曖昧で、しかしそれ以外の言葉は浮かんでこなかった。沖田自身も自分の感情がよく分からないのだ。
一度目を閉じ、静かに開いた。沖田は考えることを放棄する。今はそれどころではない。屯所では渋い顔した上司が堪忍袋の緒を擦り減らしていることだろう。案の定、携帯が新たな着信を告げていた。

「またか。土方さんはよっぽど俺のことが好きみてえだ」
「早く戻ってやって下さいよ」
「ラブコールもうぜーし、そろそろ戻るかねィ。お前は?」
「俺は副長に呼ばれるまで待機という名の自由時間です」

嬉しそうに言った山崎の太股辺りをひと蹴りし、沖田は背を向け歩き始める。そして、ようやくというべきか、震え続ける携帯の通話ボタンを押した。
山崎は痛みで顔を顰めながらその背中を見やる。
惜しい、というのは沖田の本音だろう。彼女を知れば知るほど惜しくなった、ということだ。
沖田本人はあまり理解していなかったが、山崎には沖田の言葉の意味が分かる気がした。
ふっと、笑みが零れる。
なんだか可笑しくてたまらなかった。
これから命のやり取りをするかもしれないというのに、自分達の胸の中に居座っているのはたった一人の女の子なのだから。

「たーいちょー。姐さん狙ってるって副長にバレないように気をつけて下さいねー」

口元に笑みを浮かべ、夜の中を遠ざかる背中に声をかける。
沖田は背を向けたまま軽く片手を上げ、携帯越しに何やら話しながら去っていった。
低い話し声と靴音が少しずつ少しずつ闇に飲み込まれていき、そして消える。
それを見届けた山崎もまた、その存在を再び夜へと沈めた。


2011.3.11
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