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「ついてねえや」

通話を終えた沖田が少々乱暴に携帯を閉じ、懐にしまった。

「どうされました」
「すぐに戻れと鬼の副長命令ですぜ」
「あら、まあ」

それは大変、と妙が時計に目をやる。沖田が店に訪れたとき、時計の針は天辺を過ぎた辺りだった。それから一時間も経っていない。

「お仕事?」
「みたいですぜ」
「お忙しいのね」
「世の中まだまだ物騒だってことですねィ」

治安維持を目的とする対テロ組織である真選組といえば百戦錬磨の強者揃いだ。中でも切り込み部隊として常に最前線に立つ一番隊は特に強い刀の使い手達からなる集団だった。そんな一番隊の隊長を務めるには必然的に突出した強さが求められ、現にそういった人物が選ばれていると妙は聞いたことがあった。直接自分に関わりのない人物だと思っていたので軽く聞き流していたのだが、ある日近藤に連れられて来た少年がその人物であると教えられたときは大層驚いたものだった。

「いまだに貴方が隊長さんだなんて信じられないわ。真選組だってことも初めは冗談だと思ったもの」

今から職場に戻るらしい沖田の為に冷たい水を空いたグラスに注ぐ。これで少しは酒の匂い飛ばせるだろうか。沖田本人は大して気にしてなさそうだが、あの厳しい眼をした上司は勘づきそうだ。

「能ある鷹は爪を隠す、ですぜ。まあ俺の爪は立派過ぎて隠せやしやせんがね」
「鬼やら鷹やら、貴方達の組織も随分と物騒ね」
「時代が違えばテロリストと呼ばれていたのは俺達の方かもしれやせんね」

元からあまり感情を表に出すタイプではないため、少々自虐めいた言葉を吐いても沖田の表情は変わらない。しかし、次の妙の言葉には珍しく表情を変えた。

「あの人が局長として貴方達の一番上に居る限り、テロリストだなんて呼ばれることにはならないですよ」

そう言ってグラスの水滴をハンカチで拭ってから沖田の前に置く。

「・・・へえ」

沖田が口元を緩めて妙に視線を向けた。

「てっきり脈ナシだと思ってやしたが、近藤さんにも希望が残ってるってことですかィ」
「勘違いしないで下さい。ただ思ったことを言っただけですよ。それとこれとは別問題」
「人間としては好意を持つけど男としては・・・ってとこですかねェ」

沖田は自分に問いかけるように呟き、冷えた水を口に含んだ。
近藤が妙に好意を抱いていることは周知の事実だ。もちろん真選組でもそれは共通認識として隊士の中にあり、妙を「姐さん」と呼ぶのもその想いの表れである。

「ねえ沖田さん。私ね、そのことで気になっていることがあるんだけど。聞いてもいいかしら?」
「どうぞ」

沖田はグラスを置き、傍らに座る妙に続きを促した。

「近藤さんがね、自分は今まで振られてばかりだった、て言ってらしたの。確かに人には好みやらその人なりの事情があって、どんな好い人でも無理な相手もいるわ。たまたま近藤さんも、そういった相手ばかりを好きになってしまったのかもしれない。だから好意を抱いた相手に振られ続けた」

でも、と妙がゆっくりと首を振る。

「でもそれは、半分本当で半分は嘘」

グラスの中に浮かぶ氷がカランと鳴った。

「話していて分かるもの。あの人の心の広さ、懐の深さ。情が深すぎるところもあるけれど、情の薄い男よりよっぽどいい。真選組の局長に相応しい、それ以上に温かくて大きな人。そんな人が、どうしてそんなにも振られ続けたのか不思議だった。顔だって男らしくて悪くないわ。傍にいる貴方や副長さんが良すぎるだけ。だから思ったの。あの人が振られ続けた原因は、単に合わなかったという以外にもあるんじゃないかって」

そこまで言って、妙は静かに耳を傾ける沖田に笑いかける。

「原因は貴方でしょう?」

沖田が微かに目を細めた。

「原因というより選んでいると言ったほうが正しいかしら。局長さんが好意を抱いた相手をふるいにかけている。もちろん、局長さんに気付かれないようにね」

違う?と妙が微笑む。それを無言のまま見つめていた沖田の表情が、徐々に柔らかいものへと変わっていった。

「やっぱりあんたがいいや」

ソファーの背もたれに体重をあずけ、どこか愉快そうに口の端を上げる。

「―――自己防衛みてえなもんですぜ。あの人は欠点を見ようとはしやせんからね。とんでもねえ女連れて来るからこっちも大変なんでさァ。そんな女を姐さんだなんて呼びたくもねえし」
「そんなに酷いの」
「一番クソなのは別の男目当ての女ですかね」
「それは、他の隊士さんを目当てに近藤さんに近付く女性ってことかしら」
「そう。土方さん目当ての女が多いかねィ。まあ、そういう女は土方さんが優しくすると簡単になびくからすぐに分かりまさァ」
「土方さん?」

思わぬところで意外な名前が出て、妙が思わず聞き返した。

「あの人も手を貸しているの?」
「この件に関しては利害が一致しやしてね。土方さんも姐さんの言う原因の一つってやつでさァ」

それは本当に意外ではあったが、あり得る話だと妙は思った。
近藤が真選組の支柱となる存在であるなら、真選組を組織としてコントロールしているのは副長である土方だ。そして沖田に負けず劣らず局長である近藤に心酔している。
真選組のため、局長のために、裏で手を汚すこともいとわないような男であると妙は薄々感じていた。
土方から時折向けられるあの眼差しを思い出す。紫煙に隠した瞳の奥で何を思っているのだろうか。妙には見当もつかなかった。

「さあてと、こわーい鬼さんに怒られねぇうちに行きやすかねィ」

残っていた水を飲み干し、テーブルにグラスを置いた沖田が立ち上がり肩を鳴らした。

「勘定は土方さんにつけといてくだせェ。近いうちに払いに来させやすんで」
「そんな勝手なこと。怒られますよ」

くすくす笑いながら妙も立ち上がり、入り口まで見送りに向かいながら、沖田の背中越しに会話を続ける。

「せっかくの姐さんとの時間を邪魔されやしたからね。それくらいしてもらわねえと」
「副長さんも、近藤さんや貴方の世話で大変ね」
「フォローはあの人の趣味ですぜ。それに、店に来るいい口実ができたと感謝されてえくらいだ」
「口実?」
「つまりですね姐さん」

扉に手をかけた沖田が振り返る。

「真選組は志村妙を大歓迎ってことですぜ」

開いた扉の向こう側から、冷たい風が吹き込んできた。



2011.1.27
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