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※片思いです。苦手な方はご注意下さい。














静かな道場を取り囲むように、真っ白な綿毛が落ちてくる。それは涙のようだと新八は思った。音もなく静かに、揺れる感情を閉じ込めて流れ落ちる涙のようだと。
鉛色の空をしばし見つめ、降る雪を手のひらで受けとめる。肌の熱で溶けるそれは、やはり涙のようだった。

















新八には姉が一人いた。
父も母も早くに亡くし彼女以外の兄弟もいないので、その姉が新八の唯一の人だった。
姉の名前は妙といい、新八より二つ上の美しい人だった。
優しいがどこか気弱な新八とは違い、妙は強い信念を持っていた。親から受け継いだ道場を護り、大切な弟である新八を立派な侍にする。信念は誇りとなり、妙の支えとなっていた。
新八はそんな姉が大好きだった。大好きで大切で、妙以上の女性はいないのだと無邪気に思っていた。
しかし、いつしかその感情が異性に対するものに近くなったとき、新八は自己嫌悪に陥った。なんて気持ち悪いのだろう、なんて浅ましいのだろうと、妙に対して特別な感情を抱く自分を罵倒した。
どうして姉を好きになったのだろう。
どうして彼女は姉なのだろう。
どうして自分は弟なのだろう。
答えのない問いを自分自身に繰り返した。

日増しに成長する二人、日増しに大きくなる想い。
妙は見るたびに美しくなっていき、新八の恋心は膨らんでいく。
恋をしているだけならまだ良かった。
年を追うごとに、新八の中にもう一つ薄暗い感情が生まれたのだ。
初めは妙の手に触れたとき、何度でも触れたことのある手なのに、何か違う生き物に触れたような感覚に囚われた。そのときは分からなくて、いや、分かりたくなくて、新八は気のせいだと目を逸らした。
しかし、ある日唐突に理解する。
廊下との段差に躓き転げそうになった妙を慌てて支えたとき、差し伸べられた新八の腕に掴まりほっと息を吐く妙が「ありがとう」と微笑んだとき。
ずっと背中を追いかけてきた姉は新八が思う以上に細く華奢で、自分とは違う匂いと体温が新八に目をそむけてきた現実を理解させた。
姉は妙という名の女だった。
そして自分は新八という名の男だった。
欲情したのだ。同時に絶望した。
血の繋がった姉に、大切な姉に、けだものじみた感情を抱くことが苦しかった。胸の内に渦巻くよこしまな想いを刀で抉り出せたらいいのにと、布団に包まり咽び泣いた。
それでも膨らみ続ける邪まな感情。劣情を慰めるため妄想の中で妙を汚し、そのたびに言いようのない罪悪感に襲われた。
いっそ狂ってしまえば楽なのだろうかと思った。
妙を引き倒し着物を剥ぎ取り、その肌を貪り尽くせば楽になれるのかもしれないと。血で血を穢すような行為を重ねれば、自分を想ってくれるのかもしれないと。そんなことできやしないのに、そう思えば少しは楽になれる気がした。

いつものように妙が優しい声音に乗せて新八の名を呼ぶ。
視界に映るのは愛しい人の笑顔。
この笑顔を無くしたくはなかった。
妙を傷つけたくはなかった。
姉を慕う弟のままでいたかった。
だから、隠し続けるしかなかった。
それだけが自分の進むべき道なのだと、そう心に決め、新八は妙に笑い返した。




ある冬の日、妙が部屋に居た新八を呼んだ。寒い廊下を歩き、目の前の障子を開ける。招かれた先に居たのは姉だけではなかった。
新八はすぐに理解する。いつか来るであろうその日がついにおとずれたのだ。
一番初めに口を開いたのは妙だった。真っ直ぐ新八を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
大切な人なの、と。
結婚を申し込まれ、それを受けたのだと。
その言葉に続き、新八よりも年上であろう男が深々と頭を下げた。お姉さんと結婚させて下さい、と。
新八は僅かに目を伏せる。考えうる限りの衝撃を想像していたのだが実際は少し違っていた。驚いてはいるのだが、それよりも嬉しかったのだ。たくさん苦労してきた姉に普通の娘のような幸せが訪れたことが、悲しみや寂しさよりも、それ以上の喜びを新八に与えていた。
「おめでとう、姉上」
なんの躊躇いもなくでた言葉。妙はうっすらと涙を浮かべ「ありがとう」と微笑んだ。そして隣に座する未来の夫に視線を流し、優しく表情を崩していく。
それは新八が見たこともない姉の顔だった。弟の自分に決して向けられることはない、恋をした女の顔。
厚い雲の腹から雪が降り始めていた。








雪は涙のようだと新八は思う。
音もなく静かに、揺れる感情を閉じ込めて流れ落ちる涙のようだと。
降り続く雪が世界を一色に染めていく。
道場の冷たい板張りの上に一粒、また一粒と、行き場のない想いが零れ落ちた。
妙は姉で、新八は弟で。例え命が尽きようとも変わらぬ姉弟という関係。
それでも彼女に恋をした。
弟としか見てもらえなくても、叶うことがなくてもかまわなかった。
ずっと一緒にいたいとか、血が繋がっていなければとか、そんなこと本当はどうでもよかった。
好きだったのだ。誰よりも彼女が好きだった。
絶え間なく流れる涙の中で、妙との思い出が走馬灯のようによみがえる。
父のように力強く護ってくれた。
母のように優しく抱きしめてくれた。
師のように厳しく教えてくれた。
友のように楽しく笑いあい競いあってくれた。
そして、愛してくれた。

声を殺し、それでも漏れる嗚咽ががらんとした道場に響く。
しんしんと、雪のように降り積もっていく想い。祈るように募らせた想いはいつか溶けて、それでもきっと根雪となり心の淵に残っていく。そんな想いを抱えたまま、彼女の弟として生き、彼女の幸せを願い、ただひたすらこの恋が終わる日を待ち続ける。
それでいいと思えるような、そんな恋だった。



2011.1.3
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