SS | ナノ




夜が更け、闇が色濃くなっていく。
隣で眠る女の呼吸が深くなった頃、男はひどく冷めた表情で目を覚ました。
いや、元々眠ってなどいなかったのだから、目を覚ましたという表現は正しくはない。しかし、ある意味では正しい表現なのかもしれない。
夢は終わり、現実に戻る日がきたのだ。
 

男はそっと布団から抜け出し、畳に落ちていた派手な着物に袖を通す。細身の体には程よく筋肉がつき、男がただの町人ではないことをうかがわせた。
手早く支度を終えると、男は薄暗い部屋の中を探るように視線を這わせる。感情が欠落したような眼差しは部屋の隅にある鏡台の前で止まった。
男は足音をたてずに鏡台に近寄り、その前に片膝をつく。そして鏡台の引き出しを開け、それをゆっくりと引き抜いた。
引き出しが取り出され空っぽになった長方形の空間。
男はその中に手を入れ、奥の方へと這わす。指先に何かが触れ、そこに貼り付けられたものを丁寧に剥がし取った。
指でつまめる程度のそれは、幾重にも折られた紙だった。男は観察するように目を細め、それを慎重に開いていく。拡げた紙の中には小さな文字と地図のようなものが書かれていた。紙の上にさっと視線を流す。男の顔に初めて感情が灯った。



「―――」

夢うつつに名を呼ばれ、男は目線を女に向ける。
緩くまとっただけの襦袢から、最近ではすっかり馴れた白い肌が見えていた。
肉付きの良い体は女の色香を放ち、先程までの行為を呼び起こされる。
しかし、この体に対する欲はあっても、この女に対する情は男にはなかった。あるとすれば、探していた情報を提供してくれたことに対する僅かばかりの感謝だろうか。

「―――」

もう一度、女が男の名を呼んだ。この部屋で聞き慣れたその名前。

「一つ、教えてあげるよ」

折り畳んだ紙を懐にしまい、男は部屋の戸に手をかける。

「その名前ね、俺のものじゃないんだよ」

紡がれた言葉は偽り。
見ていたものは夢物語。
快い眠りに支配された女に男の言葉は届いているのだろうか。

嘘で塗り固めた男は欠片の名残も残さず、幻のように夜の闇へと溶けて消えた。


2010.09.17
back to top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -