SS | ナノ

※男側からの矢印は出ていたりいなかったり。
※書きたい場面だけ書き、盛り上がりもなく淡々と進みます。
※題名はfio様からお借りしています。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





太陽が沈みかける頃、妙は仕事に出かける。
両親の残した道場のため、弟のためにと始めた夜の仕事だったが、今ではすっかり慣れたものだ。
自宅を出て、薄く青闇に染まった空の下を歩く。
女の一人歩きは危険だから気を付けろと、たった一人の肉親である弟に口を酸っぱくして言われているのだが、妙にすれば何に気を付ければいいのか分からなかった。
腕っぷしには自信がある。
なにより、こうやって一人静かに夜になりかけた町を歩くのが好きだった。






初めて見たときは、妙はその男に気が付かなかった。
いや、目に入ってはいたのだが、それが自分の知る男だと気が付かなかったのだ。
前から歩いてくる男女は仲睦まじい恋人同士に見えた。
少し長めの黒髪を一つに結んだ派手な着物の男は、隣の女に何やら耳打ちする。女は身をよじらせて男に擦り寄る。飲み屋街ではよく見る光景で、なんの珍しさもない。
もちろん妙も特に感想を抱かず、それが礼儀とばかりにすぐに視線を逸らした。
距離が近付き、妙と男がすれ違う。
そのとき気付いたのだ。
顔を見たわけではない。
声を聞いたわけではない。
なのにどうしてだろう、彼だと思った。
仕草も雰囲気も全く違う知らない男のはずなのに、妙は彼だと気付いたのだ。


妙は歩みを止め、僅かに目を伏せる。そして、ゆっくりと振り返り、男の後ろ姿を瞳に映した。
寄り添う二人の姿が深い闇の口にすっぽり飲み込まれていく。
その先に拡がるのは薄い闇。
太陽は既に沈んでいた。












2010.09.16
back to top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -