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朝の訪問から半日後。
土方家の食卓に再び現れたのは妙の兄である銀八だ。
土方の帰宅を待っていたかのように現れた男は、当たり前のようにテーブルにつき、これまた当たり前のように箸を手に持っている。朝食に続き、夕食も土方家で済ませるつもりらしい。

「前から思ってたけどさぁ・・・どうやったらこうなんの?」

銀八は目の前にある黒い物体を箸でつつきながら、エプロン姿の妙に声をかけた。あまりの硬さに箸の先が折れそうだ。

「なにが?」

食器棚から茶碗を取出していた妙は銀八に顔だけ向ける。土方が持ち帰った仕事を自室で片付けているため、食卓には妙と銀八の二人しかいない。

「え、なにが?なにがって言った?どうやったらこんな玉子焼きになるんですかって聞いてんの」
「玉子を溶いて、フライパンで焼いたら出来るわよ」

と、妙は当たり前のように言いながら炊きたてのご飯を茶碗によそい始めた。

「どうしてそんなこと聞くの?」
「そりゃあ、玉子焼きですって出された皿の上にいぶしたての備長炭みてぇなのがのってたら聞いてみたくもなんだろーが」

皿の上にある黒い物体から目を逸らさずに淡々と話す銀八。眼球が痛むのは気のせいだろうか。うっすらと涙が滲む。眼鏡など何の防波堤にもなっていない。

「ほんのちょっと焦げただけじゃない」

妙が少しだけ拗ねたような口調になった。やはり自分でも焼きすぎたと思っていたようだ。

「おいおいこれがちょっとですかー?土方さんちのお嫁さんは焼き色付けるのがお上手ですねー」
「そうやってすぐからかうのは悪い癖よ」

僅かに眉を寄せる妙。そんな妹の様子に銀八が目を細めた。拗ねた妹など見慣れたものだが、それも最近ではあまり見る機会がなかった。結婚してから別々に暮していることが理由の大半だが、妙自身が成長しているというのも理由の一つだろう。
しかし、何年経とうが結婚しようが銀八にとって妙は可愛い妹であることに違いない。昔みたいに拗ねる姿を見て、銀八は懐かしさと共に少しだけ淋しさを感じたのだ。そんなことを妙に言う気はさらさらないが、それでも込み上げてしまった感情に、思わず苦笑をもらした。

「どうしたの?急にうつむいたりして」
「べつにー。じゃ、いっただきまーす」

妙の疑問を軽口でかわした銀八は、ポロポロと崩れ消えていく自称玉子焼きを箸でつまんだ。嫌な感触だ。裂けた場所から煙のようなものが出ていて、その刺激臭が鼻に突き刺さる。
銀八はそんな玉子焼きを一気に口へと運び、「おー、やっぱスゲエなー」と声をあげた。

「はあ・・・懐かしいなこの味っつーかこの痛み。思わず涙が出てくるわ」

若干涙目になりながら素直な感想を漏らす。料理好きながら料理ベタな妹の、もはや料理とすら呼べない手料理は研ぎ澄まされた凶器のようなものだ。
しかし、最近では何とか飲み込めるまでになっていると思う。それは銀八と同じように妙の手料理を食べてきた弟も同意見だった。
口内の刺激をお茶で中和した銀八が一度箸を置いた。食べられないことはないが、続けてはキツい。

「土方は毎日食ってんの?」

料理は妙がやっていると聞いていた。ならば土方はほぼ毎食妙の料理を食べていることになる。しかもそれで問題なくやってきたらしい。ということは、土方に妙の料理に関しての苦情はないということになる。

「うん。マヨネーズかけて食べてる」

妙は急須にお湯を入れ少し待ってから、空になった湯呑みにお茶を注いだ。

「あーマヨね。あいつ昔から持ち歩いてたからな」

熱いお茶を一口含み、思い出を探るように遠くを見つめる。銀八と土方の出会いは高校生の時だが、その頃からすでに土方はマヨ男だった。カバンにはマヨネーズをボトルで常備。ロッカーには予備のマヨまで置いていたのを覚えている。

「土方さんは・・・マヨネーズがあれば何でも食べてくれるから」

妙が目を伏せて笑う。
土方がマヨ男だということは百も承知だ。それをかけて食べることに何の異論もない。
ただ、そんな姿を見ている時、妙はふと思うのだ。

「それがあるから食べてくれるの」

嫌味を言うつもりも、不満を吐き出しているつもりもない。妙自身、自分の手料理が美味しいと手放しで言えるものではないと分かっていた。しかし土方は妙の手料理を残さず食べてくれる。そして美味しいと言ってくれる。それは全てマヨネーズのおかげだと、妙は思っているのだ。それが真実であり、否定する気はない。

「じゃあさー」

静まりかえる部屋に銀八の声が響いた。

「お前の旦那は、嫁さんの手料理をマヨネーズで誤魔化すような男なんだ?」

銀八の真っ直ぐな言葉に妙が口ごもる。認めたくはないが心のどこかで思っていたことを指摘され、鼻の奥がツンとなった。
それを見た銀八が息を吐くように笑う。そして妙の傍らに立つと昔していたようにポンポン、と頭に手を置いた。

「難しく考えんなよ。あいつがマヨ男なのは生まれつき。マヨネーズが親みてえなもんじゃねーか」
「なにそれ」

妙の目尻が緩く下がる。

「マヨネーズで釣って手料理食わせてるなんて、くだらねーこと考えてんじゃねーぞ」

そう言って、頭を撫でるよう軽く叩いた銀八の手がそのまま下へと滑り、妙の耳たぶをくいっと引っ張った。

「何でもハッキリ言うくせに、つまらねえことでクヨクヨ悩むとこは結婚しても変わんねーのな」
「・・・悩んでない」
「悩んでるから言ってんの。男っつーのはな、好きな女になら簡単に釣られてしまう馬鹿で単純な生き物なんだよ。お前の作ったもんならアイツはなんだって、ダークマターだって食うだろうし」
「ダークマターなんて作るわけないじゃない」
「お前は一回自分の作った玉子焼きと向き合え」
「毎日フライパン越しに向き合ってます」
「そういう意味じゃねーよ」

銀八は耳たぶをつまむ手を揺らし、呆れたように半目を向けた。瞳に映るのは妙の笑顔。ああやっぱり見るならこっちだな。と、銀八はつられて笑った。





銀八が座りなおし湯呑みに手を伸ばしたとき、こちらに向かう足音が聞こえてきた。何気なく時計を見ると銀八が来てから30分ほど経っている。

「いい匂いがするな」
「土方さん!お疲れさまです」
「ああ」

私服に着替え、いつもより少し雰囲気を和らげた土方が食卓に並ぶおかずを見て「美味そうだな」と口元を緩めた。その瞬間、整ってはいるが険しい印象を与える顔立ちが甘さを含んだ優しいものとなる。
そんな土方の姿を、銀八は頬杖をついて眺めていた。あの無愛想男がなあと、どこか感慨深い。知り合ったのは高校からだが、その時から土方は滅多に笑顔を見せることはなかった。ましてやこんなデレッとした顔など、土方を知るヤツなら皆驚くだろう。
そんな銀八のぼんやりとした視線に土方が気付いた。

「なんだ」
「いや。顔がだらしねーなと」
「ふん。お前は年中だらしねーけどな」
「ウルセー間男」
「間男じゃねえよ。れっきとした夫婦だコラ」

自分の茶碗が置かれたいつもの場所に腰をおろしながら銀八を睨む目は鋭い。

「はいはい、兄と妹が仲良しだからって嫉妬すんなよ義弟くん。オッサンのヤキモチなんざ可愛くねーから」
「あら、土方さんは可愛いわよ?」
「はあ?お前、この瞳孔が開き気味のマヨ男のどこに可愛さ感じてんの?ただの変態だぜコレ」
「指を差すな!!」

土方は勢いよく銀八の指を叩き落とし、気持ちを落ち着かせようとお茶をがぶりと飲んだ。

「大体、お前はなんで夕飯をうちで食ってんだよ。しかも先に食いやがって。弟はどうしてるんだ」
「飯はババアに頼んでるから大丈夫だろ」

ババアとは、銀八と弟の新八が暮らす貸家の一階で食堂兼飲み屋をやっている女性のことだ。口は悪いが面倒見のいい性格で、両親がいない坂田兄弟は幼い頃から何かとお世話になっている。

「それに家に一人じゃねーし」

さらりと発言した銀八に、土方と妙の視線が集まる。

「お客様が来てるの?なら余計に新ちゃん一人じゃ心配じゃない。新ちゃん大丈夫かしら」

銀八の前に味噌汁を置いた妙が心配そうに眉をひそめる。

「大丈夫じゃね?そいつ客じゃねーし」
「どういう意味だ」
「だーかーらー、そのことで話があ
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