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※日記に載せていた小話です。












「――志村、なに?」

初めは気のせいだ、と妙は思った。
授業の合間の時間。入学式で顔を合わせた同級生達が揃う教室。中学から知っているコもいるが、ほとんどが知らない顔だった。まだお互いに遠慮があるのだろう、中学の頃に比べたら幾分か静かな教室。それでも授業中よりも騒がしい中、手早く次の授業の準備をした妙は外に見える桜並木を眺めていた。まだまだ外は桜の季節で、きっとあの花が散って緑の葉で覆いつくされる頃には自分もこのクラスに馴染んでいるのかもしれない。そんなことを、ぼんやりと考えていた時だった。

「―――わたし?」

聞こえた声に混じっていたのは自分の名字。まだ聞き慣れていない声に戸惑いつつも振り返ると、机に肘をついて欠伸をするクラスメイトの姿があった。

「沖田くん、よね。私に言ったの?」
「このクラスに志村って名前、他に誰かいやすか?」

沖田と呼ばれた少年は独特な口調で話すのが特徴だ。その少し色素の薄い髪や瞳が太陽の光りに反射して、綺麗だなと妙は素直にそう思った。

「で?」
「ん?」
「名前」
「あ……」

妙の名前が知りたくてわざわざ呼んだわりには横柄な態度。しかしなぜか憎めない。色白で童顔な沖田の顔を眺めていると、なぜか弟の新八を思い浮かべてしまった。しかし、自分の想像に妙はぷっと噴き出してしまう。

「なんでィ、なんか面白いことでもありやしたか?」
「ううん、違う。違うの。ごめん、名前だよね」

口元に手をあてながら笑う妙を沖田がじっと見つめた。その視線に少しだけくすぐったさを覚えながら、妙は呼吸を整える。

「妙、よ。しむら、たえ」

漢字はこう、と空中にスラスラと指で描く。

「女が少ないで妙ねェ…。志村さんによく似合いまさァ」
「あら、どういう意味?」
「さあて、ね。どういう意味ですかねィ」

そう言いながら沖田が表情を緩めた。氷が溶けていくように、ほとんど無表情に近い顔から冷たさがとれていく。

「……似てるかも」

そんな沖田の顔をぼんやり眺めながら、妙はぽつりと呟いた。

「似てる?」

虚をつかれたのか、沖田は少々驚いたように目を大きくする。沖田にしては珍しいそんな顔もやっぱり。

「うん。弟に似てる。そうやって表情が変わった時とか」
「……へえ」

妙は弟の面影を沖田に重ねてみた。少々子どもっぽい顔立ちや、色合いは違うがサラリとした質感の髪だとか。どことなく似ている。

「志村さん、ここ」
「え?」

しばらく黙ったまま妙の視線を受けていた沖田だったが、不意に妙の左耳に触れた。その指を辿るように妙は左に顔を向ける。
ほんの一瞬だけ、意識が沖田から逸れた。
気配を感じて振り返るよりも先に、沖田の唇が妙の右耳に触れた。
触れただけではない。
驚きのあまり妙が身を固くしたのをいいことに、くちゃりという小さな音をたてながら湿った舌先を耳のふちに滑らせていく。
さわさわと風が流れるが、そんなもの妙には微塵も感じられなかった。
熱が離れていくと共に、妙はゆっくりと顔を動かす。
目の前には先ほど弟に似ていると言って親しみを覚えた顔。

「弟が、こんなことしやすかねィ」

にっこりと微笑む沖田は、べぇっと舌を出す。教室であんな事をしたとは思えないほど爽やかな笑顔。誰も見ていないのか、二人のやりとりに注目するクラスメイトはいない。
妙は耳に手をあてたまま、何かを考えるように目を伏せた。

「沖田くん」
「なんですかィ」

すぃと瞼を上げた妙は真っ直ぐ沖田を見つめた。
濃茶色の瞳は少し潤んでいて、泣いているのかと沖田は思った。しかし予想に反して、妙の顔が次第に綻んでいく。

「もしかしたらだけど」
「もしかしたら?」

一呼吸おいて、微笑む。

「沖田くんって、私のこと好きなんだね」

そんな言葉をさらりと言いのけて、妙は可笑しそうに笑った。
今度は沖田が固まる番だった。
清潔感の漂う彼女はいつでも背筋をピンと伸ばし、誰に対しても優しい笑顔を向けていた。そんな彼女からまさかのしっぺ返しをくらい、沖田は次の言葉が出てこない。とんだ食わせもんだと、どこか尊敬に似た思いを抱いてしまった。
しかし面白くはない。
思った通りにならなかったからか、それとも図星をつかれたからか。ぷい、と顔を背けた沖田は面白くなさそうに溜め息を吐いた。

「――名前の通り、女の子らしさが少ねェですぜ、志村さん」
「沖田くんは随分と可愛いらしいですね」

くすくすと笑い続ける妙を沖田は横目で見やり、「嬉しくねぇな」と拗ねたように言う。その様子が可愛いのだと、妙はまた笑った。
あの桜並木が緑色に変わる頃も同じように笑い合えていたらいい。
そんなことを思いながら。



「恋するなんて簡単だ」
2009.07.

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