伝わるようで伝わらないのは言葉の特性で、性別の違いがあれば尚更伝わりにくくなる。どれだけ言葉をつくしたとしても、それが相手に伝わらなければ意味がなかった。
志村妙はすぐ隣にある高杉晋助の顔を見ながら溜め息をついた。
「…何回言えばいいのかしらね」
口調こそ柔らかいが、涼やかな目元には多少の苛立ちが混じっていた。
「それは俺の台詞じゃねぇか?」
高杉がククっと笑う。
その、艶を含んだ声に妙は冷ややかな視線をむけた。
がらんとした教室。
人の気配は感じられない。
休日の校舎には春風に時折混じる部活動の音だけが響いて、他には何も聞こえなかった。
二人の声以外は。
妙は自身の体に絡みつく高杉の腕を見ながら、また溜め息をつく。
春らしい暖かな休日。
のんびりと過ごしたり、遊びに出掛けてもよかった。
それをわざわざ制服を着て登校してきたのは、何も高杉に後ろから抱き締められる為ではなかった。
密着する身体と身体。
早く離れてしまいたくて体を動かすが、高杉の腕は妙に絡みついてるかのようでピクリともしない。
「…慣れてるのね」
「何が」
「こんな事するのが、よ」
「もっと違う事してやろうか?」
そう言って高杉は口元を楽しげに歪ませた。
妙は返事の代わりとばかりに力を込め全身で拒絶するが、絡む腕はピクリとも動かない。
青白い細腕は女性的であるが、まるで鎖のようだと妙は感じた。
「なぁ」
「なに?」
高杉の問いかけに内心の動揺を悟られまいと平常心を装って短く返事をする。
高杉の腕が細い腰を締めつけた。
「もう逃げんなよ――ヤリたくなっちまう」
優しく囁きながら妙の頬に唇を寄せる。妙はそれを避けるように顔を背けた。
「離して」
「聞こえねぇな」
「じゃあ何回でも言ってあげる。あなたとは付き合えない。彼氏がいるの」
「男がいるなんざ関係ねぇって言ってんだろ」
「関係あるわよ。私はその人が大好きなの」
「妬けんなぁ」
高杉の顔に笑みが浮かぶ。
片方だけしか見えない切れ長の目を一瞬だけ細め、拒絶されると今まで以上にキツく抱き締めた。
「面白れえ女。ますます気に入った」
「いい迷惑だわ」
「なぁ、今からここでやんねえか?」
「そんなセクハラ発言ができないようにしてあげましょうか?」
「てめえならマジでやりそうだ」
そう言いながら妙の黒髪にキスをする。妙は高杉から逃れようと首を振り抵抗した。しかし言葉で態度で妙がいくら拒んでも、高杉はお構いなしに迫ってくる。高杉が妙を抱き締めてからずっと同じ会話を繰り返していた。
妙の言葉は全くといっていいほど高杉には届かない。
いや、届いてはいるのだが意味をなさなかった。
高杉にとって妙だけが興味の対象であり、妙を手に入れる事だけが目的だった。
妙に好きな人がいようが恋人がいようが、その事実は高杉にとって至極些細な事柄でしかない。
妙さえ自分のものになればいいからだ。
「志村ァ」
一段と低くなる声。
動く唇が妙の耳に触れる。
頭の中に直接言葉を注ぎ込まれてるようだ。
音が消えた気がした。
「こんだけ近くにいりゃあ聞こえんだろ?なぁ、俺のもんになれよ―」
そう言い終えると同時に、触れているだけだった耳を甘く噛む。歯の隙間から紅い舌を耳の穴にさし入れれば、妙の身体がビクンと跳ねた。微かな水音が響き、その瞬間、妙の瞳が光を帯びたように濡れる。
涙が滲んでいた。
視線の先に逢いたかった人がいるような気がして、無意識に名前を呼んでいた。
「――俺に用ですかィ」
風に混じって静かな声が聞こえた。
その聞き馴れた声音のする方へ、妙は弾かれたように顔を向ける。
薄い髪色が春の日差しに反射していて綺麗だと、彼を見つめながら思った。
「沖田くん…」
呼んでいた名前を呟く。
首にかけていたタオルで額の汗を拭うと、沖田は真っ直ぐに妙を瞳に捕えた。
「断たれたのは退路と思考回路」
title/DOGOD69
2008.5.8
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