「良い天気…」
洗濯かごを両手に抱えた妙は思わず呟いた。
秋晴れの空はどこまでも高く淡く澄んで。
乾いた風が頬を撫でる。
その冷たい感触が陽射しの暖かさと相まって、心地よく感じられた。
「秋は好きですかィ?」
縁側から声がする。
「ええ、好きですよ」
手を休めずに、振り返る事もなく答える。
「沖田さんは?」
「好きですぜ」
「今日は特に気持ちが良いですものね」
声の調子で、妙が微笑んだのが分かった。
沖田は時折見える妙の顔を眺めながら、ぼんやりと思っていた。
今日は、特に綺麗だ。
沖田の柔らかな明るい色合いの髪が、風に揺れる。
冷たくて透明な風が流れていた。
彼女に伝えたい言葉があった。
その為に、尊敬し信頼するあの人に自分の気持ちを伝えてきた。
そうやって自分の中で、けじめをつけてきた。
あとは前に進むだけ。
でも…と沖田は思う。
まだ早いのかもしれない。
二人の間に友人以上の関係はなく、道ですれ違えば挨拶する程度。
時折こんなふうに志村家を訪ねた時も、ほとんど会話はなかった。
こうやって、ただ見てるだけ。
それでも、そんな二人にはそぐわない言葉を、沖田は伝えようとしていた。
「沖田さん?」
影がさし、妙の手がとまる。
振り返ると、沖田が傍に立っていた。
同い年で背丈もほとんどかわらない二人。
初めて近くで見た…と、沖田は妙を、妙は沖田を見つめながら思った。
「姐さん」
「はい」
「俺と…結婚してくれやせんか?」
印象的な黒い瞳が沖田を凝視する。
茶色い瞳が少しだけ不安げに瞬いた。
「はい」
妙は真っ直ぐに沖田を見据えて答える。
「はい、結婚します」
「…いいんですかィ?」
「嫌なんですか?」
妙の言葉に沖田は慌てて首を振った。
「いや、そうじゃなくて、俺はその…」
一瞬だけ言葉を詰まらせるが、沖田は真っ直ぐに妙に向かい合った。
「俺は姐さんが好きです」
「私も好きですよ」
お互いに言い合ったあと沈黙が続き、少しして二人は同時に吹き出した。
「私たちって、恋人になるより先に夫婦になるんですね」
「そうです。夫婦になってから恋人になりやしょう」
「普通とは逆ね」
「そうですねィ。じゃあとりあえず…」
ひんやりとした柔らかい手と細長い指を、骨張った手が包み込むように握った。
「手を繋ぐところから始めやせんか?」
沖田が微笑みながら問うと、妙は少し照れたように頷いた。
乾いた風が流れる。
二人は冷たさではなくて、お互いの熱だけを感じていた。
「今日、私の誕生日って知ってました?」
「知ってるから今日ここに来やした」
「今日はここで、みんなが誕生日を祝ってくれるのよ」
「報告しやしょうか?」
「…そうね。みんなも居るし、沖田さんと結婚しますって言うわ」
「それは俺から言わせてくだせェ。姐さんを嫁にもらうのは俺でさァ」
「その姐さんって呼ぶのは直して下さいね、沖田さん」
「沖田さんも止めてくれやせんか」
「あっ」
二人は顔を見合わせて、笑った。
沖田は妙を抱き寄せ、優しく触れる。
「誕生日おめでとう」
囁かれた言葉に、妙は笑みがこぼれながらも、こんな姿を誰かに見られたらどうしようかしら…なんて思い悩んでいた。
幸せな悩みだと思った。
「誕生日当日」
2007.10.31
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