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「来週の今日って何の日か知ってる?」
「志村さんの誕生日」

読んでいる雑誌から顔を上げることなく当たり前のように沖田は答える。

「知ってたんだ」
「知ってる」
「意外ね。誕生日なんて興味ないって思ってた」
「志村さんの誕生日だけ知ってる」

相変わらず視線をおとしたまま、さらりと言ってのける沖田。妙はそんな沖田の横顔を見ながら、少し困ったような、くすぐったいような顔で微笑んだ。
いつもこうだ。
いつもいつも、沖田は恥ずかしげもなく淡々と至極当前のように妙への想いを口にする。
そんな言葉を聞くたびに、妙は体の奥底にある何かをぎゅうっと握り潰された感覚に陥るのだ。痛いわけではないのに眉間には皺がより、悲しいわけではないのに瞳は水分をたたえる。赤色に染まった肌も、にやけそうになる口元も必死で隠した。隠しておかないと、負けた気がして嫌だった。勝ち負けなんてないと分かっている。それでも、どうしても、妙は素直になれないのだ。恋愛感情というものを表現するのが苦手なのかもしれないし、単純に恥ずかしいというのもある。
そしてなによりも、沖田が平然としているのが悔しかった。

不意に視線を感じ顔をあげれば沖田と目が合う。
思ったよりも顔が近くにあり、不意打ちのようで心臓がドクッと跳ねた。
それも束の間、少女のように整った顔が近づいてきたかと思うと、柔らかな感触が妙の唇を覆った。

「なに考えてやした?」

唇がほとんど重なった状態で沖田は妙に尋ねる。

「つまらない事よ」

お互いの唇に邪魔されて、声は自然と小さくなった。

「誰かの事?」

沖田の指が妙の顔を這い、輪郭をなぞる。その指が肌の上だけではなく、その中の敏感な部分にまで触れているようで、妙は息をとめる。
ぞくり、とした。

「……そうよ。誰かの事を考えてた」

呼吸に近い声でそう答えれば、舐めるような指の動きがぴたりと止まる。

「……俺にヤキモチやかせてぇの?」

声色が変わる。静かだが熱を帯びた声。
僅かに触れたままだった唇を深く重ね、強引に妙の中に舌をいれていく。呼吸も忘れて絡み付く。苦しさに沖田の体を軽く叩くが、余計に深さも熱も増すばかりで、それが緩むことはなかった。

唇を形に添うように舐めたあと、沖田は名残りおしそうに妙から離れる。

「俺にヤキモチ妬かした罰ですぜ」

いまだ乱れる呼吸の中、妙は沖田を睨む。

「私の言った誰かって、沖田くんの事よ」
「知ってる」

沖田はにこりと笑った。艶やかに光る唇が弧を描く。

「……妬いたふりしてたのね」
「妬いたのは本当」
「自分だってわかってるのに?」
「自分だってわかってても」

そう言いながら沖田は妙の火照った頬を包み込むように触れる。強引な口付けとは違う優しい感触。

「二人で居る時は俺だけ見ててくれやせんか?」

少し拗ねたような真っ直ぐな言葉が妙の中にすとん、と落ちた。
自分だけではない。沖田も同じなのだ。妙という存在に安心しながらも意識してしまう。だから、小さなことにも過剰に反応してしまう。

「自分は本ばっかり読んでるのに」
「襲いたいのを我慢してるんでさァ」
「……沖田くんと二人で居る時は、本をきらさないようにしなくちゃね」
「志村さんが気になって、文字も絵も頭の中に入ってきやせんがね」

沖田がまた笑う。つられるように、妙は頬を赤く染めて微笑んだ。
もう負けたっていい。
どうせこれからだって、負けっぱなしだから。

「好きよ、沖田くん」

沖田を見つめて言った。

「大好き」

もう一度、伝える。
誤魔化すことは何もない。結局、これ以外に何もないのだから。
沖田は目を丸くしながら妙を眺めていた。笑顔以上に珍しい表情だ。
たまらず、というような触れるだけのキスをした後、頬に触れていた沖田の手が妙の目を覆う。
指の隙間から真っ赤に染まる沖田の顔が見えて、妙はまた微笑んだ。


「誕生日7日前」
2007.10.25.
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