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強い日差しが廊下を照らす。窓の向こう側には青空が広がり、一見過ごしやすくも見えるが外の空気は冷たく肌寒い。
銀八は白衣に手を突っこみながら静かな廊下を歩いていた。ペタペタとだらしなく履いたスリッパの音が誰もいない空間に響き渡る。
永遠に続くかと思われた音は不意に止まる。銀八はある教室の前で立ち止まっていた。普段はあまり使われていない教室。そのドアを無表情に眺めたあと、躊躇なく開いた。
ガラガラという音と共に空気が動き、ほこりが舞う。しん、と静まり返った教室内は少し薄暗かった。カーテンを閉めているせいだろう。しかし、いくら薄暗いといえど、そこに存在するものは銀八の瞳にはっきりと映っていた。

「二人揃っていねえと思ったら……」

気持ち良さそうに寝息をたてる教え子の姿。
顔を寄せあって、手を繋いで。確かにそれは微笑ましい光景だった。
しかし、生徒を指導する立場の銀八が気になるのはそんなことではなく、全くそれとは逆のこと。
静かに沸き立つ苛立ちを理性で抑えながら、無言で携帯を取り出した。

「……見つけた。あー、いや……寝てる。グッスリお休み中。……何もしねえよ、多分。あーうるせー!!冗談だよ冗談!!どこも触ってねえ!あ?ここ?…………まわりがうるさくて何言ってんのか聞こえねー。…そうだ、塩あるか塩?お祓いすっから。…違う違う。S祓いだよ。エ、ス。…だから、S祓い。お前の姉ちゃんにS王子が引っ付いてる…」

突然、途切れた会話。
どうやら銀八の言葉に焦って、思わず切ってしまったらしい。
通じてない携帯を少し見つめた後、銀八はそれを無造作に白衣へしまった。

「ついてる、じゃあなくて。付き合ってる、でさァ。銀八先生」
「沖田くん、寝たふりがバレバレなんですけどー」
「だと思いやしたぜ」

そう言いながら、繋いだ手はそのままに沖田は上半身をおこした。

「で、どこまでいってんの?」

煙草をとりだしながら、銀八は軽く尋ねる。

「見て分かりやせんか」

沖田は繋がれた手を僅かにあげると軽く揺らした。

「そう簡単にはやんねえだろ。お前はともかく、志村は真面目だからな」
「よくご存知で。好きなんですかィ?」
「見てわかんね?」

白い煙を吐き出し、その口端をあげた。教師らしくない笑い方だ。

「油断ならねぇ担任ですねィ……。そろそろ諦めてくれやせんかね」

溜め息まじりの言葉に銀八が珍しく笑った。

「いつかは諦めるだろうよ。でも、それが今じゃねーことは確かだ」
「今すぐ諦めてくれやせんか」
「無理。お前が諦めたらいーじゃん。あ、それがいい。うん、そうしろ」
「大人げねぇ」
「男は永遠に思春期なんだよ」
「そんな汚れた思春期はありやせんぜ」
「汚れてねえよ。ピカピカ光ってるし。あれ?疑ってる?じゃあ見せようか?俺の思春期」
「俺の思春期って何?」

銀八と沖田の会話がピタリととまった。言葉というより、それを言った人物のせいだが。

「沖田くんも銀八先生も何話してたの?」

会話に夢中になりすぎて、妙が二人を見つめている事に気付かなかった。

「ん?いやなんでもない」
「志村さんが気にするような事じゃねぇですぜ」

二人にそう言われれば、「そうなの?」と妙は不思議そうな顔をする。どうやらまだ寝呆けているようだ。

「ほら、行くぞ。新八が塩を買い占める前に戻らねえと……」

銀八が煙草の火を消すと、促すように手を振った。

「新ちゃん、塩を何に使うのかしら」
「S祓いするつもりらしいよ。銀八先生が言ってやした」
「沖田ぁ、余計な事しゃべんじゃねえよ」
「Sって何?先生」
「くいつくなよ志村」
「教えてやったらどうですかイ」

沖田の言葉の後に、チャイムが鳴った。
銀八の授業は、担当教師と生徒二人がいないまま終わったらしい。
「あーあ」と、銀八は頭を掻きながら、

「とりあえず」

と言って指差す。

「沖田は志村の手を離そうか」

しっかりと握られたままの手を見て、不機嫌そうに言った。

「…やっぱ、S祓いしとくかな」

眉根を寄せて呟けば、

「そのSが何かわかりませんが。祓えたらいいですね、先生」

と妙が微笑みを浮かべた。
銀八が、そうだろ?と笑う。
そんな二人のやりとりを見ながら、沖田は不機嫌な顔で妙の手を握りしめた。



「キミという存在の曖昧さ」
2007.10.4

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