「邪魔してるぞ課長」
そう言って、帰宅した土方を迎えたのは湯呑み茶碗を手にした長髪の男と白い生き物だった。
「……ヅラ先輩?」
「ヅラではない。桂だ、課長」
ずずっとお茶を啜り、いつものヅラ否定をする桂の横に白い何かが座っていた。
記憶を辿るが、このオバキューもどきの生き物に心当たりがない。
土方が無言で凝視していると、そのオバキューもどきと目が合ってしまった。(実際はどうだかわからないが)
「(はじめまして課長。お邪魔してます)」
と書かれた手持ちボードを土方へ向ける白い何か。
「はじめまして……」
ボードに書かれた文字を読み、戸惑いながらも返事をする土方。
「エリザベスだ」
「(エリーと呼んで下さい)」
桂が当たり前のようにエリザベスを紹介する。思わず会釈をする土方にエリザベスは会釈を返した。
男が二人、白い生き物が一体。特に話す事もなく室内は重苦しい沈黙につつまれる。(重苦しく感じていたのは土方だけだが)
「おかえりなさい!」
明るい声と共にエプロン姿の妙がキッチンから顔をだして微笑むと、男だらけの場が和んだ。(和んだと感じたのは土方だけだが)
「ただいま」
「桂さんとエリザベスさんが挨拶に来て下さったの」
「課長が御近所さんだと最近知ったのだ。それならエリザベスと共に挨拶しておこうと思ってな」
「(突然お邪魔しちゃって、すみません)」
最近越してきた噂の変な人たちって桂先輩とその白いやつだったのか、と土方が二人の姿を見比べながら一人納得する。これ以上に変なものなどない。
「土方さん、食事は?」
「先に食べててくれ。部屋で仕事を片付けてくる」
そう言って、妙の頭にポンポンと手を乗せる。いつもの癖なのだがハっと我に返り、すぐに手を下ろした。
「愛の巣でも仕事か。ご苦労だな、課長」
そう、今は二人きりではない。
「……先輩は?」
誤魔化すように咳払いをし、話題を逸らせる。
「俺の仕事は表に出せないのでな。コソコソやっている」
「どんなお仕事なんですか?」
妙が桂の言う「表に出せない仕事」に興味をもったようで、体ごと桂に向き直る。
「主に裏工作だ」
「はあ!?」
目を見開く土方。それが桂の仕事なら納得できるものの、さすがに予想を斜め上に越えていた。
「へえ、裏工作ですか?」
「(桂先輩、言っちゃ駄目ですよ)」
「秘密だがな」
「凄いですねー」
土方を驚愕の渦に巻き込んだ桂の仕事だが、妙はすんなりと受け入れてしまったようだ。土方を置き去りにし、三人で仲良く裏工作について盛り上がっている。
話しを逸らすという当初の目的を完璧なまで果たした土方だが、こうまで逸らされてしまうと少し寂しい気もする。
「じゃあ、先に食べてていいから」
「あ、はーい」
「馳走になる」
「(いただきます)」
若干落ち込んでいる土方の言葉に三者三様の返事をする。部屋を出る土方を見送ったあと、「じゃあ、作りますね」と妙がエプロンを締め直した。
「ところで奥方。これは何だ」
桂は無表情で、皿の上にある物体を凝視していた。
「玉子焼きですよ」
「玉子を……焼いてあるのか?」
「もちろんです」
妙がにこやかに返事をする。点数をつけるなら満点花丸の笑顔だ。
目の前にあるのは玉子焼きらしい。
しかし、桂とエリザベスには黒い溶岩に見えてしまうのだ。
プスプスと、その物体からは灰色の煙が上がり、強烈な刺激臭を放っていた。
「桂さん、冷めないうちにどうぞ!」
「(桂先輩からどうぞ!)」
と、二人から勧められては後にも退けず、桂は箸を手に取り、意を決してその黒い物体を挟んだ。
「なに!?」
桂は目を見張る。
「(!!)」
エリザベスも、わかりにくいが目を見張っていた。
二人が驚いている理由。
それは、桂が掴んだはずの玉子焼きが跡形もなく消えてしまったからだ。
「あら。桂さん、ちゃんとお箸で掴まないと駄目ですよ」
箸を持ったまま固まる桂に妙が笑顔を崩さぬまま声をかける。
「しかし奥方。これは…」
箸の先を見つめたまま、桂が珍しく戸惑っていた。
「生焼けじゃ悪いし、しっかりと焼き色をつけたんです」
「(つけすぎです奥さん!)」
「確かに焼き色は完璧だ」
「(焼き色の問題じゃないです先輩!)」
二人の噛み合っているようで噛み合わない会話に対するエリザベスのツッコミが全く効果を成さない中、
「何やってんだ」
と土方がネクタイを緩めながら戻ってきた。
「もう終わったの?」
「ああ」
やはり土方がいなくて寂しかったのだろう。妙は顔を綻ばせながら土方の傍らへ歩み寄る。
「(お疲れさま)」
「あ、ああ」
エリザベスにも律儀に返事をしながらも、土方はテーブルの上に置かれた消える玉子焼きに目を留めた。
「玉子焼き作ったのか?」
「(これが玉子焼きって分かるんですか課長!?)」
「ええ。桂さんとエリーさんに。あなたも食べる?」
妙が小首をかしげながら尋ねると、土方は妙の頭に手を乗せた。今度はギャラリーがいることを承知した上で。
「頼む」
「はい。ちょっと待っててね」
妙がくすぐったそうに笑った。
「お待たせしました」
土方の前に先程と同じような玉子焼き。
「土方さん、これも」
「ありがとな」
差し出されたマヨネーズを受け取り、慣れた手つきで玉子焼きに回しかけた。
一周
二周
三周……
山のように盛り上がっていくマヨネーズ。
そして、ほとんど肌色に覆い尽くされた玉子焼きを躊躇なく箸で掴むと、迷うことなく口へ運んだ。
固唾をのんで見守る桂とエリザベス。
土方は何度か噛み、ゴクリと飲み込むと、
「美味い」
「本当?」
「嘘なんか言わねーよ」
と、新しい玉子焼きに箸をのばした。そんな土方を笑顔で見つめる妙。
それは二人にとって、当たり前の光景だった。
「恋は盲目と言うが……」
桂が腕組みをして、土方と妙を見ながら頷く。
「恋が視覚をおかしくするのなら、愛は味覚をおかしくするものなのだろうな」
「(桂先輩に座布団一枚!!)」
二人の掛け合いなど興味がないのか、土方は無言でマヨだらけの黒い玉子焼きを食べ続けていた。
愛は味覚をおかしくするのだろうか?
まさか、愛で味覚が変わるわけがない。
美味しく感じるのは、それに愛がこもっているからかもしれない。
「愛は味覚をもおかしくする」
title/マヨたま同盟
2008.05.31
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