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「お願いします!!」

志村邸の客間には、畳に手をつき額をこすりつけらんばかりに頭を下げる山崎の姿があった。

「あの、山崎さん、頭をあげて下さいな」

困惑した声が山崎の頭の上から降ってくる。
額と畳が引っ付いている山崎からは見えないが、妙がどんな表情を浮かべているか予想はついた。

「それが真選組の任務だって本当ですか?」

至極当然な質問だろうと山崎は思う。
いきなり自宅に押しかけてきた男が任務なので抱き締めさせてくださいと土下座をすれば誰だって戸惑うにきまっている。

「姐さんにこんなお願いは失礼だし迷惑だと分かっています。だけど命令は絶対ですのでお願いするしかないんです」
「それは分かりましたから。だから顔を見せて、ね?」

桜色の着物から伸びた生白い手が山崎の肩に触れた。
分厚い隊服ごしに感じる確かな感触。想像していたよりも小さなソレに、山崎の心臓がとくりと跳ねる。

「内容はともかく、本当に真選組の任務なんですね」
「は、はい」

いつもより近くで聞こえる声に耳の奥まで痺れてしまいそうだった。
そんな自分の感情に戸惑いつつ、目線を畳に向けたまま答える。

「その……どんな任務でも忠実且つ正確に遂行できるかを確認する試験みたいなものなんです。仕事柄任務を選ぶことはできませんし、俺の場合は特に職務を全うすることが求められるので……」

真選組の中でも山崎の役職は特殊である。
その任務は全て隠密の内に行われる潜入捜査が主だった。失敗は即ち命の危険に直結しており、だからこそ山崎の仕事内容は直属の上司しか知らない極秘事項扱いとなっているのだ。
今回の「妙を抱き締めてくる」というのも命令なのだが、どこまで速やかに遂行できるか調べる為のものであった。
毎回、無理難題を押しつけられるが、どうやら今回は局長の願望がこめられてしまったらしい。
だからといって拒否することはできない。
遂行できなければ地獄の罰ゲームが待っているし、この仕事に対する誇りもあった。
だからこそ無理を承知で頼んでいるのだが、それを説明するのにいささか言葉を繋げすぎたようだ。
隠密である山崎の普段の任務のことまで口にしてしまい、内心焦りが生じる。
妙が傍にいるという緊張感とも相まって、自分が何を言っているのか分からなくなっていた。

「あ、あの任務というのは極秘に行うものでして、その、本当は誰にも言えないことで、その、だから」

微かに感じる生温かい匂いが更なる焦りを誘う。
どうにか誤魔化そうと言葉を重ねるたびに墓穴をほっているのが自分でも分かっていた。

「それで、その、今回の任務は任務なんですけど任務らしくないと言いますか、いつもは変装なんかもするしそれに」
「山崎さん」

とん、と肩に重みが増す。
肩から背中を撫でる温度。早鐘のようだった鼓動は電池の切れた玩具のように、ごとりと止まった。

「時間があるのならお茶にしませんか。美味しいお菓子があるんですよ」

慈しむような感触が背中をさする。

「お疲れの時は、甘いものが一番ですからね」

任務のお話しはその後にしましょう――と、優しい声音で話しかける。
情緒不安定な山崎の態度は疲れによるものであり、そして自分は山崎の仕事内容について詮索するつもりはないのだと、暗に知らせているようだった。
全てを言えないでいる山崎に逃げ場を作ってくれたのだろう。
その心遣いと慰めるような手の動きに山崎の涙腺が弛む。じんわりと熱くなる目頭。鼻の奥が痺れ、世界は水分を帯びてきた。

「食べていかれますか?」

妙がふぅ、と笑った。
年下の少女に安堵感を覚える自分が恥ずかしいが、しかしそれ以上に不可解な感情に襲われる。

「……いただきます」
「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」

感情を抑えた山崎の言葉に、妙は微笑んだまま頷き立ち上がった。
と同時に山崎の傍らから妙の気配が離れ、微かな温もりも共に消えていく。
その刹那、思考するよりも先に山崎の身体が動いていた。失った熱を追い求め手を伸ばす。
何がしたいのか。
どうなりたいのか。
答えがでないまま、触れた人肌を掴み引き寄せ抱き締めた。

「――姐さん」

小さくて細くて折れてしまいそうだと、思った。

「すみません、姐さん」

始めにみせた僅かな抵抗を最後に、自分の腕の中で身動き一つしない妙にかすれた声で囁きかける。

「何もしません。これ以上は何も。……約束します」

自分とも他の誰とも違う、優しく甘い女の匂い。
こんなに近づいて、初めて知ったこと。

「だから、少しだけ――」

その匂いが腕にも髪にも隙間なく染み付けばいいのにと、擦り寄せるように力を込めた。

「少しだけ――このままでいさせて下さい」

任務だからではない。
これ以上など求めてはいない。
ただこうやって、妙を抱き締めていたかった。


「衝動」
2009.05.13.

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