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※不快に思われる表現があるかもしれません。
閲覧の際はお気をつけ下さいませ。











黒い血がこびりつき輝きを失った刀を、汚れた手で握り締めていた。
夜と朝の境目にある無音の世界に取り残されて、確かなものなど何も感じられない。
この景色は夢なのか、それとも現実なのか。
この匂いは夢なのか、それとも現実なのか。
気を許した仲間たちに囲まれくだらないばか騒ぎして、涙がでるまで笑っている自分は夢なのか、それとも現実なのか。
白い着物と髪がどす黒く染まり、むせかえるような血の臭いを嗅ぎながら動かないモノに囲まれている自分は夢なのか、それとも現実なのか。
思考は停止し、自分が生きているのかすら分からなくなっていた。





軋む夢







「誰と逢ってた?」

部屋に入ると同時に聞こえた言葉に妙は答えを返さなかった。
ソファーに腰掛けている声の持ち主を見て、表情を変えないまま首を振る。

「答えらんねーの?」

男の唇が歪む。
それは笑んでいるというには程遠い苦痛にも似た顔。しかし、男の表情はすぐに見慣れたものへと変わっていた。

「誰かと逢って、俺に言えないことでもしてた?」

軽い口調だが、声色に鋭さが増す。

「いいえ。いいえ。貴方が思っているようなことなんて、何もありません」

疲れたように妙が微笑む。雨に打たれる小さな花のような、儚い笑顔だった。

「どうして信じてくれないの――銀さん」

消え入りそうな声で愛しい男の名前を呼ぶ。

「愛してるからだよ。それ以外に何がある?」

聞き馴れた言葉は妙の心を愛撫し、えぐる。
銀時はいつも、当然のように伝えるのだ。
肩を抱き、髪を撫で、肌を吸い、唇を噛み、そして低く囁く。
愛していると。

銀時が立ち上がり手を伸ばす。吸い込まれるように妙が近づいた。妙の頬にかかる髪を優しく払った指が細い顎に触れる。

「お前が心配なんだよ」

そう告げながら強引に妙の顎をすくいあげ、露になった首筋を見つめる。

「痕はねーな」

なぞるような視線を落とす。無防備な喉がこくりと動いた。

「誰も私に触れないわ。私には銀さんが――」

言い掛けて途切れる。
妙の身体はソファーの上に仰向けで沈んでいた。
銀時はその身体を跨ぐように膝をつき、下にある着物の襟を掴む。

「お前を閉じ込めておけたらいいのにな。縛って動けなくしてもいい」

淡々と。真夜中に降る雪のような静かな声。

「でも、そうはできないだろ?周りにウルセーのが山ほどいるし」

冷たくて、だからこそ火傷しそうなほど熱い眼差し。

「だからさ、確認したいんだよ。お前は俺のものだっていう確認。閉じ込められない代わりに」

骨張った手が妙の顔を包みこんだ。汗ばんだ手のひらが銀時の熱を伝えてくる。
その手に薄く残る傷痕が、肩にも腹にも身体中にあることを妙は知っていた。その傷痕が銀時を過去に縛りつけていることも。

「なあ、お妙」

銀時が口を歪める。笑っているつもりなのかもしれない。

「こうやってお前に触れるとな、どこもかしこも疼いて痛てェんだよ」

銀時の手に力がこもる。
降り注ぐ視線からは逃げられなかった。

「銀さんにとって私は、痛いものですか」

眩しそうに細められた瞳は鏡のように銀時を映し反射する。

「――ああ、痛くて痛くてたまんねーよ」

そう言って、艶やかな肌を剥き出し女の匂いを嗅ぎ、閉じ込めるように口付けた。










鮮やかで残酷な生と死の中を走り続けた。
目につくものを斬って斬って斬って、髪にも手にも生暖かい液体がこびりついていく。
嗅ぎ慣れた気配に、思うよりも早く刀を振り上げた。
ゴリっとした手応えと同時に焼け付く痛みが襲う。
どさり、という音を聞きながら地に刀を差し、倒れそうになる自分の身体を支えた。
ぬらりと光りながら刃をつたう赤が、足元に血溜まりをつくる。
肉をえぐられたか削がれたかしたのだろう、ズクリズクリとした深く鈍い痛みが全身を支配した。
耐え難い痛みの中で、今、自分が居るこの場所こそが現実なのだと突き付けられた。
痛みが強ければ強いほど現実は色濃く存在を表してくる。
痛みを感じられる間だけ、銀時は自身の命を実感できた。
まだ、生きているのだと。










声にならない声が響く。
銀時は仰ぐように顔を上げ、深い息を吐いた。
独特の倦怠感が身体中にまとわりつく。
全身の血が逆流し、強烈な熱に支配されていたのはほんの数秒前までで、汗ばむ肌と乱れた息遣いがその証拠だ。
欲という欲を吐き出し満たしたはずが、それでもまだ足りないと思ってしまう。
自身を引き出さないまま、銀時は瞳を動かした。
一糸纏わぬ女の胸が鼓動にあわせて上下する。その振動が中まで伝わり、微かな刺激を与えてくる。
満ち溢れた女の気配に例えようのない痛みが沸き起こり、心臓がぎしりと軋んだ。
吸い痕が散らばる肌に指を這わせ、薄く色づいた胸に頬を寄せる。早鐘のような鼓動は先程までの行為によるものだろう。思わず笑みが零れていた。


不意に何かが髪に触れ、気怠い瞳の色は一瞬で暗いものへと変わる。筋肉は強ばり、息を潜めた。
景色が歪む。
ここが戦場ではないかと錯覚し、自分に向けられる殺気を探す。意識をぎりぎりまで研ぎ澄ませた。

くしゃり、と髪が動く。
癖の強い銀色の髪を掴むように触れ、ゆったりとした動作で幾度も幾度も撫でていく。
波のようにゆったりと温かい動き。
視界の端に細い指先が映り込んだのを銀時は夢を視るように眺めた。
研がれた刀も握り締められた拳も、ここにはない。
銀時の身体から徐々に力が抜けていった。
ぱらぱらと剥がれるように表情は変わり、銀時は暗さの消えた瞳を瞼の裏に隠した。
奥底から静かで得体の知れない感情が溢れてくる。
深く碧く終わりの見えないそれは、じわじわと銀時の意識を奪っていった。
妙に触れるたび襲われる感情の名前を銀時は知らなかった。
例えようのない感情を愛と呼ぶのなら、これが愛なのだろうと思った。
痛くて痛くてたまらないものが愛なのだと。
疼き、痛み、目を背けたくなるほど苦しくて、泣きたくなるほど悲しいものが愛なのだ、と。

「――お妙」

たまらず名前を呼んだ。
髪を流れる優しい感触。
痛みは増し、心臓が軋む。
冷たい頬に涙が伝った。



「軋む夢」
2009.03.17

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