※途中まで読んで苦手だな、と思われた方はお気をつけ下さい。
冷たく澄んだ風が吹けば赤色の葉が舞う。色鮮やかなそれは一つの絵画のようでもあり美しかった。
だからこそ、薄桃色に咲き誇る花が目についたのかもしれない。
土方は目の前に広がる見事な光景ではなく、部屋の片隅にひっそりと飾られたそれに目をとめた。細長い器に一枝だけ飾られた、春に咲く見慣れた花。
「桜、か」
土方が確かめるように呟き、そっと手を伸ばす。
「ええ。桜です」
その薄桃色の花びらを見つめながら、妙はいとおしそうに微笑んだ。
「新ちゃんがお仕事でいただいたらしくて。本物みたいでしょう?」
「しかし、この時期に桜はねぇだろ。風情にはほど遠いな」
くるくると遊ぶように桜の枝を回しながら、それと庭の光景を見比べる。
「風情なんて心の持ちようです。秋だから楓を飾らなくてはいけないなんて誰が決めたのかしら」
そう言いながら、妙は湯飲み茶碗が二つ並ぶ茶色いお盆を縁側に腰掛ける土方の隣にそっと置いた。
「それに、楓は目に強すぎるもの」
話している間も手をとめることはなく、妙は流れるような動作で茶托ごと土方へと差し出す。
「赤い、からな」
手にした桜を見ながら、土方は独り言のように呟く。その言葉に妙は笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。
「どうぞ」
「ああ」
促され、土方は湯飲みに手をのばす。気付かないうちに冷たくなっていた指先から伝わる熱に、凝り固まった思考が溶けていくのを感じた。だからだろうか、今まで言い難かった言葉がスルリと漏れる。
「早ぇもんだな」
主語はないが、妙には伝わるだろうと思った。きっと彼女にとって、早さも遅さも感じない毎日だろうけれど。
「ええ、早いですね。本当に」
湯飲みを手のひらで包むように持ち、妙はその中へと視線を落とす。土方の言わんとしていることが伝わったのだろう、その表情が微かに固まった。
「早すぎて、嘘みたい」
ゆらゆらと光を含みながら揺れる液体は庭の色が反射して、赤色を映していた。
「嘘だと良かったな」
らしくない言葉だと、土方は思う。妙もそう思ったらしい。
「副長さんからそんな台詞が聞けるなんて、新ちゃんに教えてあげたら驚くでしょうね」
可笑しいわ、と笑む口元に柔らかく握った手をあてた。その様子につられるように、土方が乾いた笑いを漏らした。
「笑いすぎだろ」
「ごめんなさい。だって貴方には似合わないもの」
「そんなに似合ねえか」
「ええ、鬼の副長さんには似合いません」
「鬼には、ね」
赤い葉が折り重なる光景は何かに似ていた。それは、美しいこの景色とは似ても似つかない哀しい光景。
「アイツも、鬼の名前で呼ばれてたな」
過去の自分を忘れられず、現在の自分を捨てきれなかった男は、結局その名前から逃れられなかった。
いや、初めから逃げるつもりはなかったのかもしれない。それが護ることに繋がるのだと信じて。
「私が、可哀想ですか」
土方は無言で目の前の女を見遣る。妙は柔かな笑みをたたえたまま、土方に視線を返した。
「……言葉が過ぎましたね」
ごめんなさい。と妙は目を伏せながら、両の手で包んでいた湯飲みを茶托の上に置いた。
沈黙のまま、息遣いだけが聞こえる空間。
赤い色に桜が混じる。
二人の距離は近づかないまま、黒い服をまとった腕が伸びた。骨張った手は柔らかな手を掴む。華奢な指は折れてしまいそうで、しかし土方の手がその力を緩めることはなかった。
「あんたは……泣いた方がいい」
絞りだしたような言葉。
懇願するような声音は、恐れられ尊敬される真選組副長のものなのだろうかと、妙はぼんやりと思う。
「頼むから、泣いてくれ」
赤く染まる楓の中に桜が揺れる。散ることのない偽りの花は終わりのない生に似ていた。それはただ哀しくて。終わりのない想いを見せつけられているようだった。
「――笑ってる方が良い」
零れ落ちた言葉。
「笑ってる方が良い。お前は笑ってる顔が似合う。――そう、言ってました。笑っててくれって。笑ってて……」
繋いだ手に一粒の涙が落ちた。
偽りの花にこめられていたのは心に隠していた願い。
花は散り、やがて枯れる。だからこそ美しい。
それが分かっていながら、それでも散らずに傍で咲いていてほしいと願うのは愚かなことなのだろうか。
「今だけ、泣けばいい」
細められた土方の瞳が赤く染まる。偽りの花が赤色に覆い隠されていくのを、ただじっと見つめていた。
そういやぁ桜の下で騒いだこともあったなと、今はもういない姿を追い求める。
濡れた温もりだけが二人を繋いでいた。
「artificial flower」
Title/琥珀の欠片
2008.12.10
artificial flower=造花
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