「姉上が変なんです」
新八の第一声はそれだった。
いつもの出勤時間よりも早く押し掛けてきたのには理由があるらしい。
未だ夢心地で寝床に横たわる銀時は、めんどくせェ、と言葉にださずに毒づいた。
今日に限らず、この姉弟に関わるとロクなことがなかった。
今まで姉弟二人きりで生きてきた分、お互いの様子に敏感なのは分かる。
だからって、なんで俺がこいつらの面倒をみないといけねぇんだ?
無視だろ、無視。
寝たフリを決め込んだ時、新八の長い溜め息が耳に入った。
「……………姉貴がどうしたって?」
頭まで布団に隠れたまま、不機嫌そうに尋ねる。
新八が安堵の表情を浮かべたのが雰囲気から分かり、銀時は眉をひそめた。
溜め息吐きてェのはこっちだっつーの――
なんだかんだと愚痴ってみたところで、結論は決まっている。
結局、銀時はこの姉弟を見捨てられないのだ。
「最近、姉上の様子が変なんです」
銀時はボサボサの髪もそのままに、いつもの椅子には座らずソファーへと寝転がった。
ぼんやりと、向かいのソファーに腰掛ける新八を寝ぼけた顔で眺める。
やはり姉弟か…。
幼いながら整った顔立ちは姉を思い出させた。
「どこが、て言われると困りますが……。でも、なんか変なんです」
新八が心配気に目を伏せる。
「あいつ、元から変だろ」
「違います。なんだか様子がおかしいんです」
「女の子の日じゃねーの?」
「それも違います」
「それも…て。それも違うって断言できるお前の方が変じゃ…」
「僕は真面目に話してるんですよ!!」
話しが進まないことに焦ったのか、新八が声を荒げ勢いよくテーブルを叩いた。
べちん、と鳴るテーブル。
手、痛ェだろうなーと思いつつも口には出さず、動かないままテーブルに置いてある新八の手を見つめた。
「うるさいネ!朝から痴話喧嘩は近所迷惑アル!!」
「あ、ごめん神楽ちゃん」
「おい、神楽ァ。痴話喧嘩じゃねーぞー」
勢いあまって怒鳴ってみたものの、押し入れからの抗議に新八も我に返ったのか、いつもの気弱そうな表情を浮かべていた。
新八はバツが悪そうに「スミマセン」と謝りながら、居住まいを正す。
「姉上…隠しごとがあるみたいなんです」
「隠しごと…ね」
隠しておきたい事など、誰にでもある。
それは妙とて例外ではないのだ。
姉と弟の間柄であったとしても、言えることと言えないことはあるのだろう。
そんな思いは口にださず、淡々と銀時は言葉を続けた。
「その、隠してるって事を暴きたいのか?」
「え?まさか、違います!そこまでは考えてないですよ!」
新八が慌てて否定する。
「最近、話しかけても上の空だったりするんです。何か悩み事でもあって、それを隠しているのなら心配で……」
姉が突然家を出て行った時のことが、新八の脳裏をよぎったのかもしれない。
あの時のことがあるから、姉の異変には敏感になってしまうか。
それは新八にしか分からないだろう。
「で、なんで俺?」
至極当然な疑問だと思う。
妙と銀時では、弟の雇い主くらいの付き合いしかないのだ。
他に適任なヤツなら山ほどいるだろう。
そんな銀時の疑問に「ああ、それは…」と新八が表情を弛めた。
「銀さんだからですよ」
「なにが」
「姉上って、僕のことを銀さんに相談したりするじゃないですか」
銀時は言葉を挟まず、先を促すように頷いた。
「姉上は銀さんの事を駄目な大人だと思ってますけど信頼してますから、銀さんが適任なんですよ」
新八が姉によく似た顔で笑った。
銀時の疑問は晴れず理由も曖昧だが、新八は自分の選択に自信をもっているらしい。
「あ、今回のお礼代わりに、今朝は僕が朝ご飯作りますねー」
と、すっかりいつもの調子を取り戻し、鼻歌まじりに台所へと向かってしまった。
めんどくせェ―
台所から流れてくる某アイドルの鼻歌を耳にしながら、銀時は盛大な溜め息を一つ吐いた。
「神楽ちゃん、もうすぐ誕生日なんですよ」
「は?」
「誕生日。神楽ちゃんの」
妙が指を一つずつ折っていくのを、銀時はボンヤリ見つめる。
あのあと、志村邸を訪れて単刀直入に聞いた答えがこれだった。
あっという間に解決してしまったことに拍子抜けしたくらいだ。
妙の隠し事はなんてことはない、神楽の誕生日をこっそり祝う……という、姉妹のように仲の良い二人にピッタリの、なんとも心温まる話しだった。
その為の準備やらで、最近は頭がいっぱいらしい。
拍子抜けしたのは事実だが、理不尽な依頼が解決したことには違いない。
内心ホッとしながら、銀時は口をつけてないままだったお茶に手をのばした。
冷めているが、美味い。
喉を潤しながら何気なく視線を巡らせる。
整理整頓の見本のように掃除が行き届いた部屋は、いつ来ても変わりはない。
変わるのはお茶請けくらいか…と、湯呑みの横に置いてあった小さな饅頭を口に放り込んだ。
「女は好きだよな。誕生日とかクリスマスとか」
「楽しいじゃないですか」
銀時が視線を一点に向けたまま饅頭を食べ、再び湯呑みを手にとる。
「お前は誕生日とかやんねーの?祝ってるとこ、見たことねえし」
「それは銀さんが私の誕生日を知らないからでしょう?」
妙が可笑しそうに口元へ手をやった。
「銀さんは誕生日に興味なさそうですものね」
「…あのな。普通の男は誕生日なんか興味ねーの」
銀時が後ろに手をついて、体をそれにあずける。
「友達の誕生日も彼女の誕生日も覚えねーよ。まあ、大体これくらい…って感じなら覚えるけど」
「大体って、春とか夏とか…くらいですか?」
「それ季節じゃん」
「違うの?」
妙が心底驚いた顔をする。
「…月、くらいは覚える」
「それ、覚えてる内に入りませんよ」
「こんなもんだろ。お前が男を知らなすぎなんだよ。普通の男は誕生日なんか興味ねーし、覚えねーの」
そう言って銀時がお茶を啜ると、妙が声をかけた。
無言で空の湯呑みを差し出せば、そこに温かな緑色が注がれる。
「……そういうお前は、俺の誕生日知らねーだろ」
新しいお茶を口に含む。
まだ熱い、
「…そういえば、知りませんね」
妙がポツリと呟いた。
「な、そんなもんだって。他人の誕生日なんてな、よっぽどそいつに興味がないと覚えたりしねェよ」
「特に男は」と付け足してから、饅頭をもう一つ頬張った。
「じゃ、帰るわ」
湯呑みを置くと、銀時は伸びをしてから立ち上がる。
「ごっそさん」
「お粗末さまでした」
見送ると言う妙の申し出を断り、長い廊下へと出た。
銀時の顔が映りこむほどよく磨かれている廊下に感心しながらも、勝手知ったる場所なだけに自然と足は玄関へと進む。
新八の勘違い依頼はこれで終了だ。
姉は変ではない、お前が変だ、と新八に報告しておこう。
大きな門の端に留めてあった愛車にまたがり、ヘルメットを被る。
キーをまわせば、聞き慣れたエンジン音が鳴り始めた。
銀時は閉ざされた門に目をやる。
今頃妙は、使い終わった湯呑みを洗っているのかもしれない。それとも、突然現れた客について不思議に思っているのか…。
銀時には分からない。
何度となく顔を合わせ言葉を交わしてはいるが、妙の事をあまり知らなかった。
新八の姉で、道場再興の為にキャバクラで働いてて、ストーカーがいて、神楽が懐いてて、まな板で、卵焼きが可哀相で、メスゴリラで、暴力女で……。
こんなふうに箇条書きにできるような事しか知らないし、これ以上の何かを知る必要はないのだと思う。
「……帰るか」
誰に聞かせるわけでもなく言葉を漏らし、その場を離れた。
志村邸がサイドミラーに映り込む。
それを一瞥すると、すぐに視線を外した。
銀時に妙の誕生日を祝う義理も理由もない。
それは妙にも同じことが言えるだろう。
二人の距離はそんなに近くはない。
しかし、何かの偶然で妙の誕生日を知ったとしたら。
銀時が妙の誕生日を祝う、そんな日がくるのかもしれない。
信号が赤になり、ゆっくりとブレーキをかける。
志村邸はもう見えなかった。
「……………やっぱ、めんどくせェ」
銀時は深い溜め息を吐く。
例えば、部屋にあったカレンダーのある箇所に赤い花丸がしてあり、そこに「姉上の誕生日」と新八の字で書き添えてあるのを偶然目にしてしまったとしたら。
新八がその日に休みをとっているのも、最近神楽が夜遅くまでコソコソしているのも、なんとなく説明できるだろう。
「なんだアレ。罠かよ」
しかし、例えそれが罠だったとしても、それに掛かったのは銀時自身。
知らないままなら何でもない日も、知ってしまえば意味をもつのだろうか。
信号は青になり、銀時の周りの風景も変わり始める。
もしかしたら、近いうちにくるのかもしれない。
銀時が妙の誕生日を祝い、妙が銀時の誕生日を祝う、そんな日が。
「……ない、とは言えねえかもなァ」
銀時は特に期待するわけでもなく、いつもの調子で呟いた。
二人の距離は近くはない。
だが、銀時が思うほど遠くもないのかもしれない。
「そんな、日」/記念SS
2008.11.02
***************************
土下座します。
誕生日を祝うどころか、誕生日すら知らない二人の話しになってしまいました。こんなはずじゃ……。
いや、なんか、二人がお互いの誕生日を知った時の反応とかね、いいなって。
「あれ…俺ら誕生日近けーじゃん」
とか思った銀さんが、何となくお妙さんを意識してしまったりとかね、いいなって。思ってしまいました。
あと、罠なんて誰もはってません。銀さんが言い訳にしてるだけです多分。罠にかけられたから気になるんだって自分に言い訳してるんだと思われます。
そんな悶々とした坂田氏が大好きです。
やっぱ土下座!!甘くも酸っぱくもない話しでスンマセンでした!!!
姉上、それに神楽も!誕生日おめでとう!!!
本当は銀→妙と表記したかったんですが、あまりにも分かりにくいので+表記にしました(笑)。ものっそ銀→→→→妙な話しのつもりでした(やっぱ土下座だ)
back to top