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真選組屯所。
泣く子も黙る、真選組隊士が住まう場所。
その屋敷の一角にある広い座敷に、黒装束の男達が集まっていた。
隊列乱さず居並ぶ姿は壮麗であり、彼らの前方には彼らが尊敬し畏れる鬼の副長、土方が相対するように座していた。

「近藤さんはまだか…」

眉間にシワを寄せ不機嫌そうに言葉を洩らせば隊士らの緊張感も高まる。
しかし。

「何を笑ってやがんだ?」

大半の隊士が顔を隠すように笑みを浮かべていた。
その態度に土方が舌打ちすれば、畏縮し、慌てて緩めた表情を正す隊士達。
だが、土方の顔の横にあるモノがピクリと動けば、隊士らから野太い声が一斉にあがった。

「可愛い!!」
「副長、可愛いっす!!」
「抱っこしたいです!!」
「あ、てめえ何言ってんだ!!みんな我慢してんだよ!」
「あああ我慢できねえ!」

騒然となる室内。

「てめえら!黙れ!黙れっつってんだろ!!」

土方が怒鳴り付けるも、騒ぎは大きくなる一方だ。

「一回、抱っこでもさせてやりゃあ、奴らも落ち着きますぜィ」

沖田が欠伸をしながら、土方にアドバイスをする。

「するわけねえだろ」
「違いまさァ、土方さんは抱っこされる方ですぜ?」
「させるかっ!!」

二人のやり取りの最中も、隊士らによる「副長可愛い」コールは鳴り止まない。
むしろ、土方が顔を赤くして怒鳴る姿を見るたびに声が大きくなっていった。

「凄いな。何の騒ぎだ?」
「近藤さん!良いところに来た」

のんびりとした様子で現れた近藤に事態を収拾してもらおうと、土方が勢いよく立ち上がる。
すると、土方の体がふわりと浮き上がり、手足が空を彷徨った。

「うわわわわ」
「トシ〜、今日も可愛いなあ。ほーら、高い高〜い」
「近藤さん、次は俺に抱っこさせて下せィ」
「あと30回、高い高いしたらな」
「し、しなくていい!早く降ろしてくれ!!」

口汚い言葉を喚きながら、手足をバタつかせて抵抗すれば、その姿にまたまた歓声があがる。

「じゃあ、沖田隊長の次は俺で!!」
「俺だよ俺!」
「ばっか、俺なんて何日も前からウズウズしてんだからな!!」
「みんな同じだ!!」

土方の怒りなどおかまいなしで盛り上がる真選組隊士一同。
今までの彼らなら、鬼の副長の一声で緩んだ規律も直ぐに元へと戻った。
しかし、今では規律も鬼もどこへやら。
土方を中心にお祭り騒ぎだ。

「近藤さん、次は俺だって言いやしたぜ」
「もうちょっと!な?あと100回」
「局長ズルい!!」
「そうだ!そうだ!」
「うるせえっ!!!早く俺を…」

抵抗虚しく、土方の取り合いが始まろうとした瞬間、

「あら、何をしてらっしゃるのかしら」

すずやかな声が室内を支配した。
一瞬で静まる男達。

「おおおお妙さん!?」
「姐さん!!」
「姐さん、おはようございます!!」

そこには、向けられた言葉に微笑みを返す妙がいた。

「あんまり、土方さんをいじめないで下さいな」
「いやいやお妙さん。この近藤勲、断じて約束を破ってなどおりません!」
「じゃあ、それは?」

笑顔を崩さぬまま問う先には、高い高いの状態で固まっている近藤と土方。
変わらぬ妙の表情が、逆に恐ろしい。

「これは…」
「これは?」
「これですかィ?」

沖田は青ざめる近藤からひょいっと土方を抱き取り、妙の方を向いた。

「みんなで可愛いがってただけですぜぃ、姐さん」

いつものポーカーフェイスでサラリと言ってのける。

「嫌がってるように見えましたけど」

妙は手を伸ばすと、沖田に抱っこされた土方の頬をスルリと撫でた。

「私に譲って下さる?」

小首をかしげれば、沖田が肩をすくめる。

「仕方ねえ、今日だけ特別でさァ姐さん」

沖田はそう言って、土方を床に降ろした。

「大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ」

視線を合わせずに、素っ気ない口調で土方が答える。妙に背を向けて、小さな声で「助かった」と、妙にだけ聞こえるように呟いた。

「皆さん、約束を覚えてますか?」

妙が土方から視線を外す。

「私と約束しましたよね。今まで通り、土方さんを副長として接すること。例え土方さんがこんな風に…小さくなっても」

そこまで言って、土方の頭に手を乗せた。
妙より高かった身長も、今は妙の半分ほどしかない。
小さな頭をゆっくりと撫でた。

「そして、こんな風に…」

頭に置いた手を横へ滑らせ、そこにある耳を優しくつまむ。

「こんな風に、土方さんの耳が可愛いゾウさんになっても。副長として接するって約束でしたでしょう」

妙につままれた土方の耳がピクピクと動いた。

小さくなった副長。
耳が象になった副長。
数日前、突然起こった非常事態に近藤含む真選組は大騒ぎだった。
そこで、何故か妙に相談した近藤は妙からある事を約束させられた。

『今まで通り接する事』

妙の言葉は局長命令となって真選組隊内に伝えられる。
しかし、土方のその姿に、隊内に異様な空気が流れ始めた。

抱っこしたい。
可愛がりたい。

口にこそ出さないが、隊内の雰囲気は少しずつ殺気立っていった。
そして、遂に。
局長自らが約束を破ってしまったのだ。

チビ土方を抱っこし、尚且つ高い高いをやり、可愛いを連呼した。

局長が約束を破ったとあれば隊士らも黙ってはいない。
隙をみては副長を抱っこしようと虎視眈々と狙っていた。

「抱っこしちゃ駄目ですか?」
「抱きてえなァ」
「駄目に決まってんだろ近藤さん。それに沖田。その言い方止めろ。なんか嫌だ」

土方が即座に反応する。
妙という協力な味方ができた事もあり、今までの鬱憤を晴らすかの如く強気だ。

「大体なぁ、抱っことか可愛いとか俺に言ってんじゃねえよ。チビになろうが耳が象になろうが、関係ねえだろ!!」

そう怒鳴って一同を見渡すチビ土方。
シーンとなる隊士を見渡して、「やっぱこうじゃねえと…」と心の中で喜びを噛みしめてる時、

「あ、え?」

ふんわりと柔らかな気配に包まれた。

「可愛い」

妙が、土方を後ろから抱き締めていたのだ。

「何を…」
「本当に可愛い」
「あ?」

その熱のこもった妙の言葉に悪い予感がよぎった。

「土方さん、本当に可愛いですね」 
「ね?お妙さんもそう思いますよね?」
「姐さんも抱いてみやせんか?」
「そうね…」
「待て!待てって!!話しが違うだろ!!」

予感的中。
妙から離れ、顔面蒼白で焦る土方。
しかし、いくら騒いだところで、最後のストッパーであった妙が考えを改めてしまったのは明らかだった。

「こうしましょう。土方さんの抱っこは一日五人まで。あまり多いと土方さんが疲れちゃいますからね」
「はーい!!」
「お妙さんが決めたのなら従います!」
「今日は…残り二人ですねィ」

沖田がわざとらしくそう呟くと、隊士らの視線が一斉に土方へと注がれた。
鋭い視線に晒され、後退りする土方。
助けを求めるように妙を振り返った。

「おい、何とかしてくれ!」
「何とかって?」
「奴らに捕まりたくねぇんだよ!」
「じゃあ…私が捕まえましょうか?」

妙の言葉に目を見張り、思わず返答に詰まる土方。

妙がふわりと微笑む。
土方の動きがとまる。
白い手が自分へ向かっているのを知りながら、その手を止められなかった。

「…ほら、捕まえた」

心地よい声が響く。
柔らかな気配と感触に包まれて、土方の大きな耳が赤く染まっていった。



「Grasp the opportunity!」
(機会を逃すな!)

title/琥珀の欠片

2008.06.13

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