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「坂田先生?」

雨の放課後。
がらんとした図書室で、意外な人物を見つけた志村妙は思わず声をあげた。






君依存症







教師が図書室に居る事に何ら不自然さはない。
だがそれは、その教師が坂田銀八でなければの話。
重く静かな図書室で、銀八だけが異質だった。

「……志村か」

パイプイスに腰掛けた銀八は視線を動かし妙の姿を認める。一瞬目を見張るが、すぐにいつもの無表情へと変わった。

「はい。忘れ物を取りにきたんですけど…先生は?」
「留守番」

そう言って、手元にある鍵を鳴らす。チャリンという音が、遠い雨音に溶け込んだ。

「雨、降ってますね」
「そうだな」

二人はとりとめのない会話を交わす。担任と生徒だからといって特別話すことなどない。しかし、それを重苦しく感じるほど妙は銀八を意識していなかった。

「珍しいな」
「珍しい?ここ、よく来ますよ」

答えながら手早く用事を済ませていく。雨が降り始めてしまった。ちらりと窓に視線を向ければ、水滴が張りついているのが分かる。朝に干してきた洗濯物を思うと、小さなため息がでてしまった。

「珍しいのは、お前が一人でいることだよ」

その言葉に、妙の意識は図書室の中へと戻る。

「そうですか?」

振り返る妙の視線が銀八のそれと絡んだ。

「そうですよ」

妙の口調をわざとらしく真似て、薄い唇が笑みの形をつくる。普段とはまるで違う担任の態度に妙は戸惑った。しかし動揺を押し隠し、平静を装う。

「……変ですね」
「何が?」
「先生。いつもと別人みたいです」

そう、それが僅かな違和感の正体。

「ああ……それはアレだ」

少し間があく。
シンと静まる室内。
耳が痛い程の沈黙は、この空間は二人だけなのだと実感させられた。

「一人になったから」

銀八が妙を指差す。

「志村が一人で俺の前にいるから」

意味が分からないといった表情で妙が銀八を見返す。
銀八は「分からない?」と言いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「放課後のこんな場所で、外は雨」

まるで歌うような調子で言葉を紡ぎながら、妙に近づいていく。

「しかも二人きりなんてさ、」

その不自然な態度に、黒目がちな瞳を銀八に向けたまま妙が一歩、後退った。

「───まるで襲って下さいって言ってるようなもんだろ?」

その言葉を最後まで聞くことなく、妙は図書室の入り口へと踵を返す。

「……っ!」
「志村、室内で走るなよ」

銀八は妙の腕を乱暴に掴み、引き寄せながら教師らしい注意をする。
鞄が床に落ちた。
横の本棚へ妙の体を押し付ければ、その衝撃でギシリと僅かに揺れた。

「離して下さい」
「離したら逃げるだろ」

表情を変えることなく、いつもと同じように話す。
妙が鋭い視線を向けても、銀八はいつもと同じ顔で妙を見るだけだった。

「お前ってさ」

制服の上から背中をなぞる。子供らしい薄い身体が僅かに反った。その反応に銀八の顔から思わず笑みがこぼれる。

「馴れてねぇんだな」

なぞる指先を制服に滑り込ませていく。
妙が目を見開いた。
温かな肌色が銀八の長い指で熱を帯び、手の平に吸い付く。

「……人を呼びますよ」

落ち着いた声が銀八の耳に届く。淡々とした音に混じる僅かな震えが尚更銀八に熱をもたせ、妙の肌を抉じ開けたい衝動に駆られた。

「そりゃあ困るなあ」

困る…とは口ばかりで、全く焦りを感じさせない銀八を見つめながら、妙は唇を噛んだ。どうしてこんな事になったのだろう。そればかりを考えていた。

「先生、なんでこんな……」

こぼれた言葉に銀八が口を歪める。まるでその言葉を待っていたかのように。

「なんで?誘ったのは志村だろ」

そう言いながら妙の唇に親指をあてた。うっすらとした熱が伝わる。

「ここ」

と、下唇をゆっくりなぞる。

「ここが誘ってる」

妙の赤い唇が、銀八の指で柔らかに形を変えていく。ぐにゃり、と押し潰して。

「見せてやろうか?…すげえ、やらしい色してる」

声をひそめて囁く。
妙は顔を背けた。

「最低ですね」
「だな」
「先生でしょう?」
「そう、お前の担任」

銀八は軽く笑ったあと、妙の顎を掴み無理矢理自分の方へと向かせる。
唇と唇が重なる寸前の距離。

「だから、今まで我慢してたんだろ?」

ずっと我慢してたんだよ。
お前は知らないだろうけど。
互いを見つめたまま、鳴り続ける雨音も耳に入らなかった。

「先生」
「なに?」

銀八の視線を受けながら、妙が笑った。

「今まで我慢したのなら、これからも我慢したらどうですか?」

綺麗に造られた笑顔。
これは拒絶なのだと、銀八は感じた。

「それが返事ってワケか」

間近で見つめる瞳には、自分の顔が映りこんでいる。
その距離が近づいて、すぐに離れた。
妙の唇の横、口端ギリギリの箇所に何かが這うようなぬるりとした感触。
それが銀八の舌だと気付いたのは、銀八から自由になってからだった。

「それが俺の返事。今はそこまでな」

そう言って何事もなかったかのように妙の落とした鞄を拾い、ついたホコリを軽く払う。

「ほら、用事が済んだら早く帰れよ」

鞄を差し出す銀八。
それはいつもの顔だった。
教室で、廊下で、毎日のように見かける、先生としての顔。妙が見慣れた顔。

「いらねーの?じゃあ、さっきの続きでもする?」
「帰ります」

妙が奪うように鞄を取れば「嫌われたなぁ」と銀八が苦笑いを浮かべた。
その顔もいつもと同じ、でも本当は違う色。

「気を付けて帰れよー」
「失礼しました」

鞄を抱き締めながら足早に図書室を出る妙。
遠ざかる足音が雨音と重なった。


静寂に包まれる図書室。
銀八は窓枠に寄り掛かり、外に目をやる。ガラスに張りつく雨粒が、いくつもいくつも流れていく。その先に、鞄を傘代わりにして家路へと急ぐ目当ての姿があった。
全てが鮮明に甦る。
手のひらには熱の感触。
水をたたえた黒い瞳。
そして、あの赤い唇。
塞いで舐めて咬み切りたいと、疼く感情に自然と笑みがこぼれた。
面倒は嫌いだった。
教師と生徒なんて充分に面倒な関係だ。
だが、その生徒が妙なら話しは別だと思った。
妙が銀八の生徒でいるかぎり、教師という立場を存分に利用してやればいい。
気付けば声をださずに笑っていた。
銀八は妙が落としていった携帯を白衣にしまう。そして、何事もなかったかのように煙草をくわえ、火をつけた。


「君依存症」
title/DOGOD69
2008.06.14
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