▽ 記憶喪失銀さんと姉上で両片思い
「───誰?」
それが、目をさました坂田銀時の第一声だった。
風が少し冷たいが、ここが一番落ち着く。銀時が縁側で寝転んでいると、顔の上にふっと影ができた。
「──銀さん、寒くないですか?」
「あーと、お妙だよな?」
「はい、お妙です」
柔らかな膝掛けを手にした妙がにこりと微笑んだ。
「私のこと覚えてくださいましたか」
「そりゃ覚えるさ。世話になってるしな」
差し出された膝掛けを受けとり「いつも悪いな」と礼を言う。退院してからずっと、銀時はここで身の回りの世話をしてもらっているのだ。
「なあ」
「はい?」
「そろそろ家に帰るわ」
「そうですか。体の調子はいかがですか」
「上々だよ。痛みもねえし、怪我も治ったみてえだ」
「それは良かったです」
「ちょっと休んじまったけど、また仕事に戻るかね」
「今は新ちゃん達が銀さんの分も頑張ってますよ」
「あー、新八と神楽か。あとは確か」
「定春くん」
「そうそう、ガキ二人と犬一匹が今の俺の仕事仲間だったな」
「万事屋復活ですね」
「・・・そーだな」
銀時が遠い目をする。なくした記憶を探しているのか、瞳が微かに揺れていた。
銀時が怪我をした、と万事屋に連絡があったのは一週間前の深夜だった。どうやら自力で病院まで辿り着いたらしく、病院の入口で意識を失ってしまったらしい。みんな慌てて駆けつけたときには、銀時は病室のベッドに寝かされていた。外傷はあれど擦り傷程度で大したことはなく、頭には大きなたんこぶが一つだけ。怪我の原因は分からないが、特に事件性はなさそうだった。
詳しいことは銀時が起きてから聞けばいい。スヤスヤと眠っている銀時を見て心配はするものの、皆どこか楽天的に考えていた。
しかし、目を覚ました銀時は心配そうに見守る彼らを見て、訝しげに言い放ったのだ。
「───誰?」
銀時は記憶を失ってしまっていた。自分の名前などの基本的なことと、古くからの知り合いである人物や数年来の付き合いであるお登勢などはかろうじて覚えていたが、新八や神楽など、ここ数年で知り合った人や出来事はすっかり忘れてしまっていたのだ。
医者は一時的な記憶喪失だと皆に告げた。治療のしようがなく、いつか思い出す日を待つしかないと
「昨日見舞いに来たゴリラが土方だっけ?」
「違いますよ。土方さんは煙草を吸われてた方。ゴリラは近藤さんです。真選組の局長さん」
「やっぱあいつら真選組かよ。俺って真選組の局長と知り合いだったわけ?」
銀時がこめかみを抑えてうーんと唸る。幕府の組織となぜ知り合いなのか。関わり合うことなどなかったはずだ。
「つーかさ、なんか俺の知り合いっていっぱいいるんだけど。あれ全員そう?」
「ええ。銀さんと関わりが合った方たちですよ」
「マジか」
銀時は深く息を吐き「やっぱ覚えてねーなあ」と頭を掻いた。毎日代わるがわる来る見舞い相手。どうやって知り合ったのか分からない奴らばかりだ。
「信じらんねえな」
「信じられない?」
銀時の記憶では、自分にここまでの人間関係はなかったはずだ。それはつまり、彼らは銀時の忘れてしまった部分で出会って育てた縁なのだろう。
「なんでこんなに俺のこと知ってる奴らがいるんだって思ってさ。俺が忘れちまった間に何があったんだろうな」
「・・・ちゃんとあるんですよ。銀さんとの出会いも関わりも、みんなそれぞれに」
自分だってそうなのだと妙は思う。あのとき銀時に出会っていなければ、自分は今こうして暮らせていただろうか。
「みんな銀さんに感謝してるんです」
「そーかね。感謝されてるわりには俺の扱いが雑だけど」
お見舞いと称し喧嘩になることもしばしばで、毎回大騒ぎで終わる。うんざりしながらも、心のどこかでそれを心地よく感じている自分もいた。
「お前もさ、俺に感謝してんの?」
隣に座る女を見た。綺麗な女だ。初めて見たときからそう思ってた。
「会えて良かったと思ってます」
銀時にとって妙との出会いは一週間前だ。あの病室で出会ったのが最初。だが本当は違う。銀時がなくした記憶の中に妙との本当の出会いはあるのだ。会えて良かったと言われるほどの出会いが。
「なあ、一応確認させて」
たまに銀時はこうやって記憶を試す時がある。頭に浮かんだものが妄想なのか事実なのか、口にだして確認するのだ。相手があるものならその相手に。妙に確認するということは、妙との何かが頭に浮かんだということになる。
「ちょっと思ったんだけど」
「はい」
「俺らできてた?」
「・・・はい?」
「いやだから、あれだよ」
「あれ」
「俺とお前が男と女の関係だったかって聞いてんの」
何となくそうかなと思っただけで何も確信はない。ただ、本当に何となくそう思ったのだ。
「どうしてそう思うんですか?」
妙が不思議そうにこちらを見ていた。
「違うんだろ」
「違いますけど」
「あ、やっぱ違うんだ」
「というより、銀さんは私をそういうふうに見ていなかったと思いますよ」
妙の顔を見れば嘘を言ってるようには見えない。少なくとも以前の自分はこの女を恋愛対象として扱っていなかったということだ。
「なんで?」
「え?なんでって私に言われても。それより、銀さんが私とそういう関係だったって思ったことの方が不思議なんですけど・・・」
「いや、あー・・・そうだな」
風が吹いた。やはり少し冷たい。銀時が無意識に自分の腕をさすっていると、妙が置いたままになっていた膝掛けを手にとり、銀時の身体にふわりとかけた。
「・・・ここさ、落ち着くんだよ」
包まれた身体がじわりと温かくなる。
「銀さんはよくこの縁側で寝ていましたからね」
妙がほんのりと笑みを浮かべる。
「女の家で面倒みてもらったことねえしな」
「そうですか?よくここに来て休んでましたよ。風邪をひいた神楽ちゃんを背負って来たこともありましたし」
「でもよ、俺はそれを知らねえんだわ」
知らないのなら無かったも同然だ。少なくとも今の銀時にとっては。
「俺はお前を知らねえから思ったことをそのまま言うけど、お前を見たとき綺麗な女だと思ったよ」
妙が目を丸くする。本当に驚いている顔だ。
「綺麗だけど知らねえ女だった。なのにお前は俺を知ってる。俺を自分の家に呼んで世話もしてくれる。こんなふうにな」
銀時は、かけられた膝掛けをするりと撫でる。
「居心地の良い女がいて、そんな女に俺と会えて良かったなんて言われたら、できてたんじゃねえのって思うの自然じゃね?」
今までも常にではないが女はいた。だが、こんなふうにさり気なく寄り添うような付き合いをした女はいなかった。
「・・・それはありえないです」
緩く首を振った妙がささやかに笑った。
「銀さんは私をそういうふうには見ませんでした。最初からずっと」
「いやだから最初は、」
「銀さんの最初と私の最初は違うからっ」
一瞬、空気が張りつめた。妙はハッとし、唇を噛む。すぐに後悔した。記憶をなくしてしまった相手に、それを責めるようなことを言ってしまった。なくして辛いのは銀時本人だ。だから、思い出してほしいなどという重荷になりそうな言葉は決して口にしなかったのに。
「あの、銀さんごめんなさいっ。わたし、こんなこと」
顔色を変えて頭を下げる妙。だが銀時は気にしたふうでもなく、妙の頭に手を伸ばす。
「謝るようなことかよ」
ぽんぽん、と頭に触れて顔を上げさせる。戸惑いつつも顔を上げた妙を見て、銀時が初めて顔をしかめた。
「おい、噛むなよ。血がでるぞ」
「あ、」
触れた指が妙の唇をひょいっと摘まむ。目が合うと、銀時が軽く眉を上げた。
「女なんだから、身体に傷つけんなよ」
そう言って妙の頬をぺちぺちと叩く。
「つーかさ、やっぱ思い出してほしいんだろ。俺に、自分のこと」
なぜかニヤリと笑った銀時は、立てた膝に頬杖をついて妙を見た。
「やっと言ったな」
「私が何を」
「俺がお前を忘れたことに腹が立ってるって」
「言ってませんが」
「さっき言ったじゃん。銀さんごめんなさーいって泣きべそかいて謝ってさ」
「それは・・・」
自分を覚えてないと知ったとき、悔しくて悲しくて腹がたった。色々な感情が混ざりあい、それでも無事に生きていることに安堵した。だからそれでいいと思った。そう思おうとした。
「記憶をなくしてから色んな奴らに会ったけど、なーんにも思い出せねえの」
すっぽりと抜けた記憶。今までの人生と比べると、なくしたのは少しのだけかもしれない。だが、人との繋がりは長さだけだろうか。
「別にいいんだけどよ。でもまあ、お前らとの出会いくらいは思い出してえな」
自分は自分。記憶があろうがなかろうが変わらない。それでも少しだけでいいから知りたかった。みんなに感謝される銀さんとやらに、銀時も会ってみたくなったのだ。
「本当に思い出したいですか」
妙が銀時を見つめる。その濡れた瞳に合わせるように、銀時が視線を向けた。
「そしたらお前も、そうやって涙こらえるために唇噛まなくてすむんじゃね?」
妙の知る銀時はもういない。
だが、目の前にいる銀時も確かに銀時だった。
記憶喪失銀(→)(←)妙
両片思いです。銀さんは自覚あり。姉上は自覚なし。でも気付き始めてる感じ。
出会った頃からの記憶がないので、銀さんは姉上を若干女扱いしてます。手をだしたりしませんが、綺麗な女だなあと素直に思ってます。
記憶をなくす前も両片思いだったり。
記憶が戻ったらどうなるんでしょうねグフフ!
でもこのままが美味しいかもですねグフフ!
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