▽ 伊東さんとお妙さん、ほのぼの風味
もっと早く出会えていたのなら、何か変わっていたのかな。
ぴゅうと吹いた風が寒くて、妙は肩を震わせた。天気は良いのに風は冷たい。秋も深まり、冬は目と鼻の先に見えていた。
「妙さん」
「まあ、伊東さん」
ちょうど店から出て来た男が片手を挙げる。
「久しぶりですね」
「はい、お久しぶりです」
「お買い物ですか」
「ええ。もう帰るところです。伊東さんはお仕事ですか」
「休憩中でしたが、今また呼び出されたところです。近藤さんが何かしでかしたらしくてね」
「まあ、大変ね」
妙がふふっと笑った。
「大変ですが、もう慣れました」
つられるように伊東が微笑んだ。自分が自然と笑えたことに、内心驚きながら。
「───あ、そうだ妙さん」
不思議そうに首を傾げた妙に、伊東は紙の包みを差し出す。
「これ良かったら受け取って下さい」
「え?」
差し出された紙包みを遠慮がちに受け取ると、妙は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あったかい・・・」
「葡萄をつかった饅頭だそうです。珍しさに負けて買ってしまいました」
「いい香り・・・ふふ、伊東さんって意外と新し物好きなんですね」
「そうですね。好きなのかもしれません」
思いもしなかったことに触れられ、伊東は困ったように笑った。
戸惑いはしたが嫌ではなかった。
「じゃあ、僕はこれで」
「お仕事中でしたね。お気をつけて」
伊東は笑みを浮かべたまま軽く頷くと、その場から足早に遠ざかる。
「伊東さん、お饅頭ありがとうございます!」
明るい声が伊東を追いかけた。振り返った伊東は僅かに目を丸くし、微笑む妙を見やる。欲しかったものがそこに在る気がした。与えられなくて、だから奪おうとして。なのにそれは、こんなにも近くに。
「次また会えたら、感想を聞かせて下さい」
伊東は片手を挙げ、柔らかな笑みを妙に返した。
伊東(→)妙
ほのかな恋心、かもしれない。早くても遅くても、出会えたことが幸せでした。↑
こんなことを妄想してたら泣けてきた(´;ω;`)
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