「キミはその魂を代価にして、何を望むんだい?」
「……私、…私の願いは、…。」

私の世界は真っ暗だった。何処まで行っても闇が続いて、朝が来て陽が昇っても果たして、それが本当なのかそうでないのか。そんなことすらも私には判断することが出来なかった。小学4年生の秋。私は交通事故で両目の視力を失った。今まで当たり前に見えてたモノが“当たり前”に見えなくなり、私はそのことに酷く絶望し、全てを諦めてしまっていた。何も無い世界がこんなにも苦しいものだったなんて、まだ幼かった私は想像さえしていなかったのだ

「僕と契約して、魔法少女になってよ。」

彼と出会ったのは中学1年生の冬だった。闇しか広がっていなかった私の世界に、突然現れた奇妙な姿をした生き物。白く柔らかい身体に、長い耳とふわふわの尻尾。子犬の様な小さな身体のそれは、「キュゥべえ」と名乗った

「どうして…。」
「どうして、両目の視力を失った君が僕の姿を目視することが出来るのか、だよね。」

私の考えなんて全てお見通しとばかりに、キュゥべえは言葉を続けた

「何てことないさ。ただ、君の脳にある視神経に電波を通して僕の姿を送っているだけさ。だから君は僕の姿を捉えることが出来る。と言っても、目で見ているわけじゃなくて脳が認識していると言った方が正しいんだけどね。」

果たしてそんなことが本当に出来るのか。尋ねようとした言葉を私は黙って飲み込んだ。聞いたところで今、実際に私はキュゥべえの姿が見えているのだから、きっと彼には出来てしまうのだろう。ただ漠然と、私はそう感じた

「さぁ、僕と契約して、魔法少女になっておくれよ。」

くりくりとした赤い瞳に私を映して、キュゥべえは可愛らしくコテンと首を横に倒した

「魔法少女って…何?」
「魔法少女は、魔女と戦う者のことさ。」

普段、耳にすることはない言葉の羅列。魔女と戦うとはどういうことなのだろう。そもそも、魔女って一体何のことなのか。そう尋ねてみれば、キュゥべえは何だそんなこととばかりに、答えてくれた

「祈りから生まれるものが魔法少女とするならば、その反対。呪いから生まれるもの、それが魔女さ。よく理由の分からない殺人や自殺。そういったニュースを耳にしたことがあるだろ?そういった事件の殆どが、魔女の仕業なんだ。」
「…そんな、どうやって…。」
「簡単さ。魔女は自分が狙いを定めた人間に「魔女の口づけ」をすることで、その人間を思うように操ることが出来るんだ。口づけを受けた人間は、操られながら人を殺めたり、時にはその命を自ら消してしまう。そうして魔女は人間を食らい、力を付けていくんだよ。」

紡がれる言葉は、恐ろしいことばかりな筈なのに、キュゥべえは一切表情を変えずに淡々と言葉を紡いでいった。可愛らしくふりふりと左右に揺れる尻尾とその表情が、その恐ろしい話を本当なのかと疑わせる

「残念だけどこれは事実だよ。」

やっぱりキュゥべえには私の思っていることが筒抜けの様だった。尚も左右に揺れ続ける尻尾を、私はただ目で追っていく

「勿論、君に何のメリットもなく魔法少女になって欲しいなんて言わないよ。言っただろ?祈りから生まれるもの、それが魔法少女だって。君が魔法少女として戦ってくれるなら、僕は君の願いを何でも1つ叶えてあげるよ。」
「願い…、何でも…?」

ピタリと動きを止めた尻尾から、彼の赤い目に視線をやれば、まん丸なその瞳には酷く狼狽えた私の姿が映っていた

「僕は君のどんな願いでも叶えてあげるよ。そう、例えどんなに途方もない奇跡だって君が望むなら叶えてあげられる。」
「…どんなに願っても叶わない願いでも…それでも…?」
「そうさ。君が魔法少女になってくれるなら、僕はどんな奇跡でも起こしてあげられるよ。」

私の願い…そんなの考えなくても決まってる。魔女と戦うことへの恐怖、これから先のことなんて今の私は、何も考えていなかった。ただ、元に戻りたい。また私の世界に色を添えて欲しい。ただただ、それだけで。私は、しっかりとキュゥべえの赤い目を自分の橙色の瞳に映した

「さぁ、陽菜。君はその魂を代価にして一体、何を望むんだい?」
「私は、もう一度この世界をこの目で見たい。」


後悔なんてしないから
(大好きだったあの世界に帰りたいの)

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