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 たどり着いたのは想像通り、とりあえず雨露はしのげそうだけれどただそれだけ──といった廃墟の軒先で、そこへそのまま丸く寝そべろうとするものだから驚いた。
「凍死しますよ!」
 思わず叫んだけれど、当然ながら私の言葉は届かない。そのまま目を瞑ってしまうリヴァイさんを、起こした方がいいのかそれとも、と迷ったけれど、私の選んだ方法は最も原始的なものだったかもしれない。
「……ちょっとは暖かいですか?」
 林檎や瓶──私の手から離れたものがリヴァイさんに知覚できるのなら、私のマントも同じ理屈の筈だ。
 羽織っていたマントでリヴァイさんをくるむ。当人は既に半分夢の中なのか、自分を覆う布の存在も不審に思わずにいてくれたようだ。
 くい、と自分に引き寄せるようにマントを掴む姿を見て、今日何度目かの安堵の息をついた。
 そのまま、リヴァイさんを包むようにして抱きしめる。当然触れられはしないので、それは「抱きしめているような形をしている」だけだったけれど。構いはしない。せめて風除けにでもなれれば良かった。
「側にいますから……安心しててくださいね」
 触れられなくても、せめて少しでも守ることくらいはしたい。例えそれが冬の冷たい風だけだとしても。
 そうして私は夜が更けても、ずっと触れられないリヴァイさんの頬を撫でていた。

***

 暖かかった。
 それに、明るかった。
 先程までは暖かさも寒さもわからなくて、暗くて固い地面の上に居た筈なのに、ここは暖かくてふわふわで──いい匂いがする。いつも嗅ぎ慣れた、安心する匂い。
「さては天国!?」
 今度こそ私は死んでしまったのか。
「……何を言ってる」
 熱でもあるのか。
 そんな風に、心の底から不可解だという声を出す、その正体は。
「リ、……兵長」
 身長160センチメートルの、私の兵長だった。

「160センチメートルがどうした。何か不満か」
「いいえちっとも」
 暖かい筈だ。
 気付けば私はベッドの中にいて、兵長の腕に包まれていた。窓から差し込む太陽光は柔らかい光で室内を照らしている。平和だ。そう思った。
 元通りの、今の兵長だった。
 何も不満なんてある筈がない。そう繰り返してぐりぐりと首筋の辺りに額を擦り付ける私に、兵長は不本意そうな溜息をつきながらも私の背中をぽふぽふと叩いた。
「不思議な夢を見てました」
 いつかのどこか、小さなリヴァイさんと出会う夢だということは伏せて、不思議な夢だったとだけ私は告げる。
「その割にはうなされずによく寝てたが」
「不思議な夢だけど悪夢じゃなかったですもん……あ、そうですよすっかりよく寝ちゃったじゃないですか!」
「まだそれか」
 それです。
 日付が変わった瞬間に私がしたかったこと。そのつもりで睡魔と戦っていたのに、すっかり朝になってしまった。
「まだ誰からもおめでとう言われてないですか?」
「まだ部屋から出てもいねえ」
 それはそれは、何よりです。
「兵長」
「ん」
「お誕生日おめでとうございます」
「ああ」
 言葉にすればたったこれだけだ。
 これだけを誰より最初に言いたくて駄々をこねた。大人げないことに。
「ふふふふふ」
「お前の方が満足そうでどうする」
 呆れた口調も、バカめと小突く手も私の浮かれた心を引きずり落とすことはできない。呆れた奴だと罵りながら、兵長がその腕で私を抱き寄せてくれているからに違いなかった。
「大満足ですよ。兵長が生まれてきてくれて、生きててくれて……私のことす、すっ……」
「好きだが」
「! ……好きで、いてくれて、すごく、その……嬉しいんです」
「そうか」
 さらりともたらされた好きだの三文字に顔が破裂するかと思ったけれど耐えた。夢の中で私が告げたかったことを、この機会に言っておきたいと思ったから。
「兵長、兵長」
「何だ」
「今、暖かいですか?」
「これだけ密着してりゃあな」
 ベッドの中でごろごろと二人寝ころんで、隙間がないくらい抱き合っていた。お互いの体温で暖まった布団の中は、冬とは思えないほど暖かい。
「……兵長が寒い時は、私が絶対暖めてあげますからね。ずっとですよ」
 約束します、と小指を出した。
 それをぽかんとした顔でしばらく見つめた兵長は、ぽかんとした顔のまま私の小指に自分の小指を絡めた。そして私の顔を引き寄せると、その顔を見せてくれないままに。
「ああ、期待しておく……ありがとう」
 最後に小さく、そう呟いた。

 今日は兵長の誕生日だ。
 朝からお祝いも言えたし、夜はみんなでお祝いをする。
 ──その後の時間は、また私だけにくれると兵長は言った。

***

 いつもよりも暖かい目覚めだった。
 その頃の俺にとって、普段の朝は身体がかちこちに冷えて固まっていて、ああ今朝も凍死を免れたのか、とぼんやりとした頭で考えるのが常だった。
 いつの間にか見知らぬ布にくるまれていた。無意識の内にどこかからくすねてきたのだろうか。緑色のそれは当時の俺の身体に巻き付けると、丁度良い防寒具になった。
 どうして暖かい夜を過ごすことができたのだろう。その頃の俺には、世界は今よりももっとずっと俺に優しくなかった。
 その疑問が頭に浮かんで、似たようなことを昨夜夢現のままに口にしたことを思い出した。

「──今日がお誕生日だからですよ、きっと」

 聞いたことがなくて、とても懐かしい声がそう言ったのだ。
 優しい温もりに包まれているのは、誕生日だから。
 不可解な言葉だった。
 それでもその朝の俺の心臓に、その言葉は不思議とすとんと落ちてきた。

 ──それは、まだ俺が「誕生日」の意味すらろくにわかっていないガキだった頃の、どうしてか今も忘れることのできない不思議な記憶だ。


end


兵長今年もお誕生日おめでとうございます。
生まれてきてくれて生きていてくれてありがとうございます。
20141225


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