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 それはまだ、私とリヴァイ兵長が想いを通じ合わせてから、いくらも経たない頃だったと記憶している。
「ええと……それでは、おやすみなさい」
「ああ」
 その日も私は図々しく兵長の私室に押しかけていて、昼間空き時間にそうするように構ってほしいとねだっていた。
 就寝までの時間の少しでもいいから一緒に過ごしたくて、お茶など手に訪ねることが多かったように思う。
 実際その日も紅茶を飲みながらとりとめもない話をしていただけだったが、とても楽しかったし幸せだった。
 ふと時計を見るともうすぐ日付が変わりそうで、長居してしまったと慌てて立ち上がった。
 二人とも明日も仕事だ。
 休日の前になると兵長は「泊まっていけ」と言ってくれることが多くて、その度に私はとろとろに溶けてしまいそうになりながら頷くのだけれど、今日はそうもいかない。
 一緒に寝かせてもらう時の兵長のベッドシーツはいつも洗いたてで、綺麗好きな兵長らしいなと思ったのをよく覚えている。それを思うと私の方から一緒に眠りたいと、ベッドに入りたいと言うのは気が引けて、結果として少しだけ淋しく思いながらも退室するのが常だった。
「また明日来ますね」
 ちゃんと構ってくれなくちゃ嫌ですよと冗談めかして、一緒に居たいとねだる。いつもならばわかったわかったと呆れた表情を浮かべながらも兵長はドアまで見送ってくれる。
 そして無言で私の肩に手を置いて。そして。
 そして──
「……あれ?」
 けれどその日はそうではなかった。
 物言いたげに私を一瞬だけ見つめると、そのまま寝室から毛布を持ってきた兵長は、それをばさりとソファに掛けた。
「……兵長?」
 思わず首をかしげた。
 おやすみのキスをしてくださいと率直にねだることなどできる筈もない。物欲しげに見つめてみても兵長は知らん顔だ。
 どうしたのだろう。気付かない内に、何か機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
「どうした。部屋に帰るんだろう。俺ももう寝る」
 寝ると宣言した兵長は、しかし寝室に消えることなくそのままソファにどかりと座り込んだ。そのまま腕を組んで目を瞑る。
「え? 兵長?」
「……何だよ」
 思わず帰るのをやめて私がぱたぱたと近付くと、目を開けた兵長は眉を顰めて私を見つめた。何だと言われても、だって、その。
「寝るって……何でここで」
 就寝場所にわざわざソファを選ぶ理由が私にはわからない。どうせ眠るなら寝室の、あのふかふかなベッドで眠ればいいのに。
「あっちで寝ましょうよ。風邪でも引いたら大変ですし」
「……お前はどうする」
「え? そりゃあ自分の部屋に戻りますけど……?」
「なら俺はここで寝る」
「えー……」
 困った。兵長はてこでも動かないといった姿勢だ。
「もしかして、ソファの方がよく眠れるとかですか?」
 だとしたら余計なことを言ってしまった。一緒にベッドで眠ってくれる時も、無理をさせていたのだろうか。もっと早く言ってくれたらいいのに。
「いや、寝心地はそんなに良くねぇし熟睡もできねぇから次の日怠い。腰や肩も固まったりするな」
「それこそベッドで寝たらいいじゃないですか」
 寝心地がよろしくないと事も無げに言い放つ兵長に、私も思わず真顔で返した。
 寝ればいいのに。ベッドで寝ればいいのに。
 どうして頑なにソファで眠ると言い張るのかさっぱりわからない。
「…………」
 身体の為にもベッドで眠った方が良いんじゃないですかと勧めても兵長は無言のままで動かないし、困り果てた私がとりあえず今日のところは引き上げようかなあと思い始めたときだった。
「……お前が」
「はい?」
 珍しく口籠もりながらぼそぼそと喋る兵長を見ると、何やら落ち着かなげに視線を彷徨わせている。そのまま大人しく次の言葉を待っていると、しばししの逡巡の後に口を開いた。
「……お前が寝ていくなら、ベッドを使う」
 ここじゃ狭いしなとソファを示しながら、兵長はやはり視線を合わせてくれない。
「ええと……」
「どうするんだ」
「明日お休みじゃないですけど、いいんですか」
「……! 嫌ならいい。無理強いはしねぇ。だがそれなら俺はここで寝る」
 まるで脅しのようだった。
「一緒に寝てもいいんですか?」
「……そう言ってるだろうが」
 どうするんだ、と兵長に再度問われて、私の返答など決まっていた。
 一緒に寝ましょう嬉しい大好きと繰り返す私を見て、兵長がどことなくほっとしたような顔をしたのは私の気のせいだったろうか。
 そのまま私は兵長にずるずると引きずられ、兵長のベッドへと放り込まれた。乱暴な仕草ではあるが痛くはなかったし、シーツはいつものようにサラサラで気持ちが良かった。ふかふかの布団と暖かい兵長にすっかりとろけた私は、にまにまとしまりなく笑いながら潜り込んできた兵長にしがみついたのだった。

 ──その次の日からだったろうか。
 休みの前だろうと前でなかろうと関係なく、私が帰る素振りを見せると兵長がソファで寝支度を始めるようになったのは。
「今日は疲れてるんだ」
「そうなんですか……それじゃあお邪魔しませんからごゆっくりと」
「! ……最近このソファも古くなってきてな、寝てると腰が痛ぇんだ」
「ですからソファで寝なければいいだけなんじゃ……」
「うるせぇ俺はここで寝る。俺をここで寝かすのが嫌なら泊まっていけ」
「???」
 そんな会話を日々繰り返し、いつしかすっかり兵長の部屋で眠るのが当たり前になっていた。
 その頃の私は「兵長は一人の時はソファで眠らなくてはならない願掛けでもしているのかな」なんて馬鹿げた想像をして一人首をかしげていた。愚かなことに。
 ──本当に、しばらく後になるまで気付かなかったのだ。
 これが兵長による「休日前という口実がなくても一緒に眠りたいけれど、照れくささが上回り言い出せず何とかひねり出した」苦肉の策だったということに。
 それが判明した時は、二人揃って顔どころか耳と首まで真っ赤になった。
 嬉しかったけれど、それ以上に恥ずかしかったから。
 気付かなかった自分の察しの悪さと、早く言ってくれればいいのにという思いと、回りくどいにも程があるけどそういうところも好きだというのと、目の前で見たこともない程に顔を赤くしながら、
「早く気付けこの馬鹿……!」
 とうめく兵長に、すみませんと繰り返すことしかできなかった。
 以来兵長が仮眠以外でソファで眠ると言い出すのは、大抵私が拗ねて部屋を出て行こうとする時だ。とてもずるいと思う。そんなことを言われた私が出て行ける筈がないことを知っていて、一番効果的な手段に出るところが。

 ともあれ「ソファで眠る」というのは私達の間では色々な意味をもつわけで、それを雑誌の記事という全く別のところで不意に目にしてしまった私が動揺しても、無理のないことなのだった。

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