軽蔑
『君が裏切れば僕が殺してあげるからね』
いつかの夢でその人は笑顔でそう言っていた。
裏切る裏切らない、なんのことかは良く分からないけれど
きっとその男は、なにか怖かったのかな。そんなことを思わせる程笑顔が消えた時、彼が悲しい目をしていたのは覚えている。
いつも私の夢では余裕さえも伺える笑みを見せていたその男に似た人物は
同じくいつもは余裕を感じる笑みをみせているのに今はわからない。
なぜ分からないかと問われればそれは彼はつい数分前にバイトを終えておまたせ、とだけ言って私に顔を見せないままどこかへ歩き始めたからだ。
・・・どこへ向かうつもりなのだろうか?
沖田先輩に問えば答えはすぐわかるだろう
だけども今の彼にはそれをさせない雰囲気がある。
「・・・ねぇ、なまえ。」
そう言って立ち止まった彼の背中にぶつかりそうになりながらも上を見上げると
翡翠色の瞳は寂しそうに私を映す。
「とりあえず上がってきなよ 」
『・・・は?』
「わからない?ここ僕の家 」
そういって指をさした方向を見ると確かに表札には沖田とかかれている。
さっき言っていたことは本気だったのだろうか?つくづく分からない先輩だ。
「大丈夫、姉さんいるから」
『はぁ・・・ 』
私がぽかんとしている理由を察したのか察していないのか沖田先輩は既に扉を開けてこちらを待っている
『お邪魔しまーす・・・』
「姉さんただいま。」
「あら、総司部活はどうした・・・の・・・?」
「今日は休むよ、大事な話がこの子とあるしね、リビングで二人で話したいんだけどいい?」
「総司が、女の子を連れてくるなんて!!今夜はお赤飯かしら・・」
「うん、姉さん話聞いてる?」
沖田先輩はお姉さんに苦笑をこぼしながら彼女の背中を押して2階へと続くのであろう階段の前まで連れていかせた。
「さて、おいでなまえ」
「あ、まって総司。お茶を入れないと・・・!」
「僕がやるから平気だよ姉さん」
嬉しそうにこちらを見ているお姉さんにまたもや苦笑をこぼしながら沖田先輩は私の腕を掴んでリビングへと連れていってくれた。
「本当お節介なんだから、」
『あの』
「嗚呼、君も迷惑だったら言っていいよ姉さん暴走する時があるんだ」
『そうじゃなくて、あの、』
腕!!腕が!!
沖田先輩に掴まれた腕はそこだけ別の生き物のように熱くて何より痛い。
きょとん、としていた沖田先輩だがそのうち気づいたのかああ。と言ってやっと腕を開放してくれた。
「・・・まぁ座りなよ」
『あの、私別に沖田先輩と話すことは』
「僕はあるの」
聞きたいことも、伝えたいこともね。
そう呟いた彼は本当に寂しそうで、見ているこっちが胸がいたくなりそうな始末だ。
「なんで僕にもう構わないでっていったのさ?」
『だって、沖田先輩・・勝手に下の名前で呼んでくるし・・・沖田先輩といると 』
私が私じゃなくなりそう、っていうのだろうか。私は沖田先輩と話していたらどこか後ろめたさを感じる。先輩だけじゃなくて千鶴にも。
「・・・本当に覚えてないんだ」
『・・は?』
「君は沖田総司の記憶はない、雪村千鶴、土方歳三についても、ね。」
『なんで、千鶴と土方先生が出てくるんです、か』
その答えなんて聞きたくない。きっと私は答えを知っている、なんで沖田先輩がこんなことを言うのか、なんで沖田先輩がここまで悲しそうなのか、知っていると思うのに、口が開かない。自分自身でわからないのだ、私が何を知っているのか。
『私は、沖田先輩とも千鶴とも土方先生とも初めて出会って』
「往生際が悪いなぁ、」
往生際が悪い?なんで沖田先輩は全部見透かしてるような目で見るのだろう
私には分からない
「まぁいいや、質問を変えようか。なんで、剣道部入部を避けるわけ?」
『っ、それは大怪我をしてるからって言いましたよね』
「うん、納得できない。」
静かに私を見つめる先輩は怒っているようにも悲しんでいるようにもましてや楽しんでいるようにも見えない。
『剣道が出来ないんですよ、手が震えるんです。』
これは嘘ではない。あの剣道場独特の匂い、熱気、竹刀がぶつかり合う音。全部が好き”だった”。
でも、あの時から。
思い出したくない思い出が脳裏を掠めて私は思わず目を瞑った。
「ねぇ、何があったのさ?」
『私は殺人未遂者なんです、』
そういった時沖田先輩の翡翠色は大きく見開かれた。
それと対になって私は多分うまく笑えていただろう。
こんなことはなれたはずなんだ、あの時から。
軽蔑( 軽蔑の目なんてとうの昔に慣れてしまった )
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