溜息
『千鶴ー、次の授業何ー?』
「数学だよ! 」
『あー、永倉先生かぁ・・・保健室行ってくる』
「え、なまえちゃん・・・!!」
春のポカポカとした暖かさの中止めようか迷っている千鶴に手を振って渡り廊下を歩く。誰もいない廊下をふわふわと足取りをおぼつかないで歩いていくと少し前の方から見覚えのある姿が見えた。
「あ、なまえ。」
安定の無視をして少し徒歩の速度を早めるとその男は目の前を立ち往生する。
『・・・こんにちは』
「うん、こんにちは。」
ゆったりした口調のミルクティー色のカーディガンを着たその男はまだ話があるのか退けようとしない。
「授業は?」
『体調が悪いので保健室に行くんです』
「奇遇だね、僕も行くんだ」
『なら方向が違うと思いますけど』
だって沖田先輩が来た方向に保健室があるんだもの。これからどこに行こうとしていたのかは知らないけど沖田先輩は保健室の方向に向いて歩き始めた。逃げようかとも思ったけど逃げたら面倒くさくなることは目に見えているからため息をついて歩き始める。
「・・・ねぇ」
『なんですか?』
「剣道場入部考えなおした?」
『はいりませんよ。』
即答で答えれば沖田先輩は不機嫌そうにしかめた顔をこちらを向けた。
「嫌なの?」
『大怪我してるって言ってるじゃないですか』
少し遠くの校舎を見た振りをして沖田先輩
を見ないように沖田先輩と距離を作ると沖田先輩自ら近づいてくる。
『なんですか、沖田先輩?』
「治るまでマネージャーをやればいい」
そう言って頬をいきなりつねってきた沖田先輩の声色は何処か暖かくていつもの彼とは似て似つかなくてどこか怖さも感じる。
「ねぇ今失礼なこと考えてたでしょ?」
『ま、まさか?!』
「図星」
得意気に笑みを浮かべた彼は私の頬をぷにぷにとさせて楽しんでいる。
『なんで分かったんですか?』
「なまえってさ、考え事するとどこか遠いところ見るんだよ」
そう言った沖田先輩はどこか懐かしむような、それでもってどこか悲しそうな表情を浮かべていてなんだか私まで悲しくなる。
『・・・そんな言い方、』
私のことを前から知ってるみたい。
そう言おうとしたのにその言葉は私の喉につっかえた。
「なまえ、保健室行くんでしょ?」
『・・・教室に戻ります 』
沖田先輩の制止も聞かずに歩き出すと沖田先輩は追いかけてこなかった。
私は沖田先輩と話しているといつも逃げてしまいたくなる。泣きたくなる、悲しくなる。
この気持ちがわからなくて心の中のモヤモヤをどこにぶつけるべきかも分からなくて
私は足を止めて静かに息を深く吐いたのだった。
溜息(沖田先輩は不思議だ。)
(優しいくせに私を困らせる)
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