※このお話は解放の後日談です。当たり前のように捏造されてる設定に嫌な予感がしたらブラウザバックを推奨いたします。



 男はみなマザコンみたいなもんさ。
 そう言って笑ったのは、旅の途中に遭遇したキャラバンの、名前も知らない男だった。酔っ払いの戯言で、それまで散々女性の好みの話を聞かされていて、それでこの発言である。僕はうんざりしていた。酒を飲んで赤らんだ顔を必要以上に寄せてくるもんだから、酒臭くてかなわない。あまり酒と酔っ払いが好きではない僕は、眉を顰めて顔を逸らしつつも訊ね返した。
 マザコンて?
 母性を持った女性に強く惹かれるんだよ。母親に甘えたい願望があるから。
 そう言われても、僕には母親がいた試しがないので、正直なところあまりよく分からなかった。その後はそういうものなのかと適当に相槌を打った記憶ぐらいしかないし、酒を無理やり飲まされたせいで散々な目にあったので積極的に思い出したいとも思わない。

 そんなどうしようもない記憶の一部だが、それはあながち間違ってないな、と僕は妻と結婚してから思うようになった。



 僕の妻は、とりわけ美人というわけでもないが、一緒にいるとほっとする、そんな優しい魅力を持った人だ。何て言うのかな、例えば僕が歩き始めれば、彼女はそのほんのちょっと後ろを歩いて見守ってくれる。でも決して面倒がって心の距離を取ってるわけじゃなくて、僕が道に迷って立ち止まったら、距離を縮めて背中をそっと押してくれる。そんな人だ。だから僕は安心して前を歩いて行ける。それでもやっぱり立ち止まってしまう時はあるけど。本当に見守ってる、って言葉がぴったりだと思う。まるで保護者だ。母親がいるとしたら、こんな感じなのかな、と思う。本人にそう言ったら、妻なのに母親なの? と笑われたけれど。
 正直、僕のような男には勿体無さすぎる人だと思う。
 ついこの間も、背中を押してもらったばかりだ。僕の人生は他の人と比べても、割と山あり谷ありで、大きな転換を何度も迎えている。そしてあの時もまた、大きな転換のひとつだった。とにかく僕には長年の悩みがあって、そのせいで僕は帰る場所を危うく失くすところだった。今思い返しても胃の中が縮み上がりそうだ。何だかんだ、僕はこうして我が家に帰ってこれたわけだけど、城下町の帰り道の、あの今にも断頭台に上がるような暗澹たる思いはもうしたくないな。妻が僕を迎え入れてくれて本当によかった。彼女がそういう人だと分かっていて、そこに一縷の望みをかけていた部分も否定できないけどね。
 案外、世の中は上手く出来ているのかもしれないな。僕みたいな男には、妻みたいな女性がいればバランスが取れるってことなんだろうから。そう思うと少しおかしいな。いや、ありがたいことなんだろうけどね。

 何を笑っているんです?
 いや、ちょっと自分の情けなさを再確認してね。
 あら、そんなことないですよ。あなたは自慢の夫です。
 その言葉は嬉しいけど、どうかな。
 僕は苦笑した。妻には散々情けないところばかり見せてしまった。そういう部分を受け入れてくれる度量がある人だからこそ、僕は彼女に惹かれたんだけど、やっぱり愛する人には少しくらいは見栄を張りたい。どれだけ年をとってもね。男ってそういうものだ。
 自信がないんですか? もうすぐ父親になるのに。
 小さく笑って、膨らんだお腹をそっと撫でる妻は、どこまでも優しい顔をしていた。愛おしげに伏せられた目に、母親の顔とはこういうものなのかと知った。僕の母も、こんな顔をして僕を生んでくれたのだろうか。そうだったら嬉しい、と思う。
 ないね。でも君のその言葉に相応しい夫ではありたいな。努力するよ。
 そう言って身重の妻をそっと抱き寄せて、この温もりをもう少しだけ独占したいなと考えた僕は、もしかしたらまだ父親になるには少し早いのかもしれなかった。



12/04/04


←  →

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -