※このお話は解放の外伝です。主役は姫様と勇者です。名前変換要素はありません。当たり前のように捏造されてる設定に嫌な予感がしたらブラウザバックを推奨いたします。



 私はもうすぐ結婚する。
 もうすぐと言うよりは、ようやくと言うべきかもしれない。王族の結婚としては遅すぎるくらいだろう。ここまで遅れたのには状況の悪さ、政治的な事情――理由は色々ある。色々あるが、結局のところ自分の中で踏ん切りがつかなかったのだと思う。
 婚約者は伴侶として申し分のない人だ。思いやりのある優しい人で、彼とならこの国をより良い方向へと導き、一緒に守っていけるだろう。心底そう思うし、不満はない。
 だと言うのに、なかなか踏ん切りがつかなかったのは、心の中にずっと引っかかるものがあったからだ。そしてそれが何なのかは、誰にも言うべきではない。ずっと心の奥に仕舞っておくべきことなのだろう。

 それでも……こうして中庭に居ると、ふと思い出してしまう。むしろ思い出そうと中庭に来てしまうのかもしれない。

 かつて、ここで運命の出会いがあった。
 国の未来を左右するほど、宿命的な。

 あの人は、彼は今どうしているのだろう――。



 祝儀の日が近付くにつれ、中庭に居る時間は長くなった。
 そんな私に、乳母は待っているのですか、と聞いた。誰を、とは言わなかった。そして私はそうかもしれません、と答えた。
 乳母は理由を聞かなかった。私も何も言わなかった。

 そうして祝儀前日になって、見計らったかのように彼は私の元にやってきた。城に来ていた理由は彼が住んでいる村で作られた剣を、祝いを兼ねて献上するためだという。
 あの日出会ったときのように、この中庭で私たちは再会を果たした。
 私の中でずっと時を止めて、幼い少年のままだったその人は、記憶の中よりもずっと逞しく、大人になっていた。かつて少女だった私はひとりの女になり、少年だった彼はひとりの男になって立っていた。
 彼を前にして、私は何を語ればいいのか言葉を探す。けれど、幾ら探しても見つからなかった。この瞬間を確かに待っていたはずなのに、上手くいかないものだと思う。
 ――お久しぶりです、姫様。
 口火を切ったのは彼からだった。丁寧な言葉にゼルダ、と無邪気に呼んでくれた少年はもういないということを私は悟った。しかし時の流れは残酷だと言い切るほど、私と彼が過ごした時間は長くはなかった。長くはなかったが、その記憶はとても美しいものだった。
 そうですね……子供の頃以来でしょうか。お互い、大人になりました。私も、あなたも。あなたと出会った頃が、とても懐かしい。
 あの頃の僕は、とても乱暴で無礼だったと思います。今思うと、お恥ずかしい限りです。
 私は、そんなあなたが好きでしたよ。とても。
 気づけばそんな言葉が自然に口から紡がれていた。子供のように純粋で、素直な言葉だった。
 僕も、あなたが好きでした。とても。
 微笑みを滲ませて、彼もそう言った。ありがとう、と私も同じように微笑んだ。そしてお互いに分かっていた。それがもはや過去形でしかないことに。そして分かってしまう。今日、彼がここに来たのは、物語のお姫様のように私を連れさらいに来たわけではないことを。もう昔のように、ここから私を連れ出してはくれないことを。
 ……今日は、あなたからの預かり物を返しに来ました。
 そう言って、彼は幼い私が彼に預けたオカリナを差し出した。やはり、という思いが胸をよぎる。そして私が彼を待っていた理由も、きっとこれなのだろう。
 かつての私は、ひとりの少年に重荷を背負わせてしまった。私は受け取らなければならないのだ。少年少女だったあの頃と、決別をするために。どこかで断ち切れずにいた幻想を振り切り、前に進むために。あの日々の記憶は、あまりにも美しすぎたから。だから私は、彼の手からそれを受け取り、しっかりと胸の中に抱いた。そして笑った。
 私、結婚します。
 ……はい。
 幸せになります。だからあなたも、どうか……。

 彼は何も答えなかったが、静かに微笑んだ。
 それこそが答えだということを、私は理解していた。



 明日、私は結婚する。

 彼が去っていった中庭から空を見上げ、晴れるでしょうか、そう訊ねた私に、乳母は必ず、と答えて、無愛想な顔に笑顔を浮かべた。



12/04/03


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