手紙


ヨウリエ←ハウ前提グラハウ


「リーリエからの手紙!?」

そうだよー、とハウは右手に持っていた手紙をひらひらさせた。その笑顔はいつもより嬉しそうで、ヨウはハウの言葉が嘘じゃないと確信しぱぁ、と瞳を輝かせた。おれ宛とー、ヨウ宛とー、グラジオ宛ー、三つちゃんと別々の封筒が入ってたんだー。リーリエらしいよねー。そう言いながら渡された封筒にはたしかに「ヨウさんへ」と綺麗でかわいらしい字で書いてある。夢中で封を切り中を読むヨウを、ハウは頭の後ろに手を回しニコニコと眺める。

(…………あ)

少し経つと、ハウの笑顔が曇り始めた。ヨウは脇目も振らず文字を追っているが、その頬はほんのりと赤くなっている。ヨウとハウはそれぞれリーリエに向けて手紙を書き、写真──ハウオリシティではじめてポケファインダーを起動した時にロトムが撮った写真だ──を同封しカントーに送った。同じ封筒には入れたが、ハウはヨウがリーリエにどんな内容の手紙を書いたのかは知らない。知らないが、いまこの瞬間、彼の顔を見た時、なんとなく察してしまった。ハウがリーリエに送った手紙は当たり障りのない近状報告とそちらは元気かどうか、という文章だ。それ以外は書いていない。否、書けなかった。書きかけの手紙はくしゃくしゃになってゴミ箱の中だ。それはもしかするとこの状況を予知していたのかもしれないと、他人事のようにハウは思った。
ヨウの顔は、アローラ初代チャンピオンでもハウの友人でもない、ひとりの女の子に恋をするただの男の子だった。その口角は緩み切り、頬は先程よりも赤く染まりまるでりんごのようだった。それは言葉にしなくても容赦なくハウの胸を刺し、残酷な事実だけをハウに突きつけた。

「……ハウ?どうかした?」

手紙を読み終えたヨウが黙りこくっているハウの顔を覗き込む。ハウはパッと顔を上げて、無理矢理笑顔を作って捲し立てた。

「おれ、グラジオにも手紙渡さなきゃ!またリーグ挑戦するね!じゃ!」

逃げるように踵を返し走り出す。ヨウの声が背後から聞こえたが、振り切るようにポケットに手を突っ込んだ。





「……なにしてるんだ、お前」

客室に来てください。仕事の途中にビッケに言われた。なぜだと聞いても困ったように眉を下げるだけで何も言わない。仕方ないと客室に向かい扉を開くと、見覚えのある深緑の頭がベッドに転がっていた。

「おいハウ、なんでお前が客室のベッドで寝てるんだ」

再び問いかけると、ピクリとも動かなかった体がもそもそと動き、グラジオに背中を向ける形で起き上がった。そのまま体育座りをして、顔を埋めている。ハウは何も言わない。普段うるさいくらいに口数が多い彼がここまで静かだと調子が狂う。グラジオはベッドの前まで足を進め、掻き消えそうなくらい小さな声にぴしりと動きを止めた。

「…………失恋しちゃった」

「…………は?」

思わず聞き返すと、ハウは更に縮こまり、一回失恋したかなって思ったけど、今日完全に失恋しちゃった。と今にも泣きそうな声で続けた。グラジオは一瞬呼吸の仕方を忘れるくらいの衝撃を受け固まった。今こいつはなんて言った?

「……あんまりね、グラジオにとっていい話じゃないから言っちゃダメかなって思ったけど、グラジオぐらいしか言える人いなかったからー」

ようやく衝撃から立ち直ったグラジオはハウの言葉を反芻して、合点がいった。失恋。ヨウには言えない。グラジオにとっても気持ちのいい話ではない。つまりそれは。

「リーリエか」

名前を出すとびくりと肩が震え、ハウはぎゅうとシーツを握りしめた。皺になるとは言わず、グラジオは静かにベッドに腰掛けハウの言葉を待った。

「……たぶん、けっこう前から好きだったんだー。それこそヨウが引っ越してくる前から」

一目惚れだったのだとハウは言う。リーリエの優しさと、ポケモンを大切にする心。エーテルパラダイスでの騒動の後、母を止めるため強くなろうとする姿。全部好きだったのだと。けれど彼女は最後の最後まで何も言わず、カントーに行ってしまった。ハウが事情を知ったのは、リーリエを見送った次の日だ。

「リーリエがおれのことなんて見てないの、なんとなくわかってたのかもー」

だから手紙を書けなかった。だから船に向かって好きだと叫べなかった。だって彼女は最初からハウのことなんてただの友達だとしか思っていなかった。リーリエはヨウが好きで、ヨウもまたリーリエが好きなのだ。

「……お似合いだよねー、あのふたり。アローラチャンピオンとエーテル財団代表の娘かー。」

ハウは優しすぎる、とグラジオは思った。そんなに泣きそうな声を出しておきながら、その目からは一滴の涙も落ちないのだ。その上お似合いだなんていつものように明るく振る舞う。その明るさにグラジオは救われたことがあるが、それが今本人の首を絞めている。

グラジオはゆっくりとハウの背中に手を回し、ぽんぽんと擦り始めた。びくりと体が跳ねたが、されるがままにされている。しばらくそうしているうちに、小さくしゃくり上げる音が聞こえてきた。グラジオは一度目を閉じて、ゆっくりとエーテルの白い天井を仰ぎ見た。

「泣き顔は見ないでやるよ」

「……グラジオはやさしいねー」

泣き声に混じってクスリ、と笑う気配がした。それを聞いて湧き上がる感情があった。今ここでこの感情をぶつけるのは弱みに付け込むことと同じだとわかっているのに、どうしても言葉を抑えきれなかった。

「オレじゃダメか?」

聞こえなかったのか、「え?」と聞き返される。なんでもない、と答えながらグラジオは微かに安堵した。聞こえなくていいのだ。これは友人が持つ感情ではないから。



目を真っ赤に腫らして「今日はありがとー。仕事中なのに迷惑かけてごめんねー」といつもの笑顔に戻ったハウを外まで送る。ハウはポケットからポケモンライドを取り出して、慣れた手つきでリザードンを呼び出した。軽やかにリザードンに跨ったハウはひらひらと手を振ったあと、意を決したように叫んだ。

「あとねー!おれ、グラジオならいいよー!」

「……は!?それ、どういう」

グラジオの珍しく焦った声はリザードンの遠吠えに掻き消され、エーテルパラダイスには顔を真っ赤にした代表代理だけが取り残された。

20170102

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