黄昏と仮面


※トワプリリンクとムジュラリンクが親子



あの人と、

「どう接したらいいかわからない」

リンクは少し疲れたように、顔を曇らせた。マリオサーキットはここ数日レースがないからか人が少なく、ちゅんちゅんと小鳥が愛らしい声をあげながらコースの上で戯れている。マリオはスパナを片手に愛車の整備をして、リンクはそれを眺めながら近くに座っていた。

「たまに、急にあらわれては俺のことをからかってくるんだ、あの人」

あの人、というのは時の勇者のことである。同じ名前、同じ勇者。しかしリンクにとっては先代であり師匠であり親でもあり──関係が複雑すぎてどう形容したものか。

「こどもの姿だと思ったら次にあった時大人だったり……前にあったときなんかなぜかゾーラ族になってたし」

ゾーラのお面のことか、とマリオは言う。あのたくさんのお面は一個一個効果が違うんだよ、とこどもの姿をした時の勇者が語っていたのを思い出す。それと同時に込められた想いもそれぞれ違うのだと。

「いったいなんなんだあの人は」

「そういう人だからね」

どういう人だよ。足元の草原を焦げ茶のブーツがぐりぐりと抉る。かちゃりと工具を片付けながら、マリオは続けた。

「気分屋なんだ」

気分屋というかなんというか。あれはただ面白がってるだけじゃないのか。唇を尖らせるとマリオはなぜか苦笑いした。整備を終えたカートに乗り込む。

「あとね、どう接すればいいかわからないのはきみだけじゃないと思うんだ」

──は。思わず立ち上がったリンクに、噂をすれば影だよ、頑張ってリンク。バイバイ。 白い手袋がひらりと揺れて、茶色のどた靴が思い切りアクセルを踏んだ。
嵐のように去っていった赤いカートを呆然と見送っていると、ふと背後から気配を感じ振り返る。

「あーあ、脅かそうと思ったのにマリオにバラされちゃった」

「せ、先代」

マリオが消えた方角を少し恨めしそうに見つめながら頬を膨らませる時の勇者は、今日はこどもの姿をしていた。さっきまで話題にしていた人物の登場に、リンクはしどろもどろになりながら声を掛けた。

「やぁ、トワ。いや、リンクのほうがいい?」

「……どっちでも、いいですよ。呼びやすい方で」

じゃあトワって呼ぶ。前に陣取った彼はリンクの顔を覗き込んで、なんの話してたの?と問う。流石にあなたの話だとは言いずらかったリンクは、ただの世間話ですよと適当にはぐらかす。ふーん、と言ったきり、彼は黙ってしまった。気まずい沈黙が二人の間に降りる。

「……あの、先代」

なに?と小首を傾げる時の勇者の目をまともに見れず、耐えきれず呼びかけたことを即座に後悔した。すこし間を置いて、リンクは俯きながら必死で言葉を手繰り寄せた。

「……剣を、教えてくれませんか」

こどものリンクは己の子孫の意外な発言にぱちくりと目を瞬かせた。

「剣?どうして?」

衝動的に口から漏れた。リンクはぐるぐると混乱する思考のなか、少しずつ、なぜ言ってしまったのか答えを探す。すぅと小さく息を吸った。

「前に、奥義を教えてくれたときは、あなたは既に人ではなかった」

そう、まだリンクが勇者としてハイラルを旅していた時。行く先行く先に金色の獣となって現れては真っ白な空間で骸骨の剣士に姿を変え、剣を交えた。その剣士が彼だと知った時はとても嬉しかったし驚いた。けれど一番にこう思ったのだ。
「一度でいいから本当の姿の彼と剣を交えたい」と。

「……だから、ここに生きているあなたに、また剣を教わりたい。なんて、わがままでしょうか」

リンクは目を伏せて、時の勇者の小さな手を取った。こどもの高い体温はリンクのグローブをつけた手を温めていく。暖かい。彼は生きている。それだけでどうしようもなく胸がいっぱいになった。
それは時の勇者も同じことで、初めて聞いた弟子の、息子の、小さなわがままに顔が綻ぶのがわかった。この胸に湧き上がる感情は、おそらく歓喜。

「……うん、うん!いいよ!いいよ!いくらでもおしえてあげる!」

衝動のままに抱きつくと、リンクはびくりと肩を震わせながら、おずおずと小さな背中に手を回した。

「ありがとう、ございます……父さん」

二人の笑顔は、よく似ていた。

20160604

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