恋愛教室


マリオさんって、結構残酷ですよね。
ゼルダはふっと息をついた。ピーチはきょとんと見上げる。突然のことに理解が追いつかなかった。彼女は口元に手をやって、お姫様らしく上品に笑った。そこは少し羨ましい。

「人のことに聡いくせに、向けられる好意にはバリアでも張ってるのかってくらい気づかないんですもの」

ああ、とピーチは零した。それについては思い当たる節がありすぎていっそ呆れるほどだ。冒険好きの陽気なヒーローはどれだけ押しても微動だにしない。逆に気付いていて尚無視しているのではと疑ってしまうほどだ。
囚われの姫と、助けに来てくれるヒーロー。これほどおいしいポジションはないだろう。下手なラブコメなら既にくっついているレベルだ。でも彼らの場合は昔から続きすぎたのだろう。ピーチ姫がクッパ大魔王にさらわれて、ヒーローのマリオが助けに行く。非日常がすでに日常と化しているのだ。助けに行くのは当たり前。そう感じているのかもしれない。

「それにしたって遠慮がすぎるわ」

ピーチはマリオが恋愛的な意味で好きだ。でもマリオは見ているこちらが焦れったいほど踏み込んでこない。長年の付き合いなのに姫と一般人という身分の差か態度がどこかよそよそしいのだ。ゼルダも同じことで悩んでいるので人のことは言えないが、もしマリオが好意に気付いているのならこのヘタレと罵りたくなるほどの焦れったさだ。彼女はもっと苛立っていることだろう。
ピーチはずっと、マリオが遠慮せず踏み込んでくるのを待っていた。だがいつまで経ってもその気配はない。一周回ってムカつくくらい彼は思い通りにならない。

(まあ、そんなところが好きなのだけれど)

チラリ、とピーチはもう一人の姫を見た。美人と評される整った顔立ち。時に鋭く、時に優しい夜のような蒼い瞳。サラサラしたチョコレート色の長い髪。雪のように白く透き通った肌。ゼルダは自分とは全く違うものをたくさん持っている。それが羨ましいと同時に誇りでもあった。

「もっと押すべきなのかしら、今だってこれ以上ないくらい押しているのだけど」

「押してダメなら引いてみろ、と言う言葉もありることですし、ピーチさんの場合少し冷たくするくらいが気を引くのにちょうど良いのではないでしょうか?」

ぱちり、と長い睫毛を瞬かせたピーチはその瞬間ハッとした表情になる。
その発想はなかったわとでも言いたげな双眸にゼルダはつい吹き出す。恋は盲目とはこのことか。

「ならゼルダは逆にもっと押すべきね」

えっ、と視線を下げたゼルダに追い討ちをかけるように彼女は続ける。

「見てるこっちがじれったいんだもの…二人っきりになることすら全然ないってどういうことよ」

「だって…恥ずかしくて会話もあまり続きませんし」

乙女か!と叫びたくなったがなんとか踏みとどまった。(私も恋する乙女だもの、なにも間違ってないわ。)
ピーチは全部知っている。ゼルダを目の前にしたリンクが顔を林檎色に染めて右往左往してることも、あわよくば二人っきりで話をしようとオロオロしていることも、全部知っている。
両想いなのだからさっさとくっつけ。それが彼女の本音の一部である。
(まあ両片思いですれ違っているのを見るのも楽しいからいいのだけど)

「自分の知りたいことを相手に問いかければ自然と会話も弾むわ、頑張って!」

「頑張って、って…もう」

はあとため息をつく。突拍子もないことを言うのはいつものことだ。もう諦めるしかない。ゼルダは渋々踵を返した。ひらひらと白い手袋が視界の端で揺れる。迷いのある足は彼の元へ。

取り残されたピーチはそっと目を閉じる。

「押してダメなら引いてみろ、か…」

ちょっと辛いかもだけど、頑張ってみようかしら。

fin.

20140914

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