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「私達がここに来るずっと前の、夢を見たのです」
ゼルダ姫は言った。それはきっと、時の勇者がここにいた頃の夢なのだろう。
さわさわと風邪が彼女の茶色く綺麗な髪を弄ぶ。情けなく人に酔った俺と一緒にバルコニーに付き添ってくれた彼女は、手すりに座り空を仰いだ。
「危ないですよ」
平気です、とゼルダ姫は言った。落ちたってさほど痛くはないからと。危機感が少し薄れているな、と、治まりかけた目眩が振り返した。
「時の勇者…」
少し前に記憶を受け継いで知った、俺とトゥーンと同じ、"リンク"という名で生きた神に選ばれし勇者。
俺に奥義を教えてくれたあの骸骨と化した剣士も、きっと彼だ。根拠はないけど、確信はしている。
(あいたいなぁ)
会って、話をしてみたい。彼の末路はあまりにも辛いものだった。同情だとか、救いたいだとか、そういうものではないけれど。ただ純粋に、同じ"リンク"として話をしてみたかった。
「ゼルダ姫!?」
不意に、視界から彼女の姿が消えた。バルコニーから身をのりだすと、下に落下した彼女が見えて、俺も自ら空中に飛び込む。
でも、別にそれは必要なかった。慌てていたから、彼女の力を忘れていたのだ。(そういえば、時の勇者も魔法を使っていた。俺も今度教えて貰おうかな)
フロルの風。行きたい場所にワープができる、魔法の一種だ。彼女はそれを使って、華麗に地面に着地していた。
それに慌てたのは俺の方だ。慌ててクローショットを構えるが、間に合わない。情けなく俺は地面にダイブした。
打ち付けた腰をさすりながら起き上がる。くすり、と彼女は笑った。あまり表情を変えない彼女の笑みはとても綺麗で、見惚れてしまうほどだった。
「抜け出しましょう」
ゼルダ姫は俺に手を差し延べる。反射的に、俺はひざまずく。少し悲しげな顔をしたのは気のせいだろうか。
「夢で見た、私達が居た場所へ。共に行きましょう」
もう変わり果てているかもしれないけれど。
あの頃の二人がどんな会話をしていたのかなんて俺にはわからないけど。
「会いたいのでしょう?」
あいたいなら、あってしまえばいいんだ。
別に大人だからって、我慢する必要はないのだから。
今年が終わってしまう前に――
fin.
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